土屋貴裕先生ワンポイント解説:中国「民族団結進歩促進法」の施行(2026年7月1日)と日本企業の留意点
Jul 02, 20262026年7月1日、中国で「民族団結進歩促進法」が施行された。日本企業は、同法について過度に広く萎縮する必要はないものの、中国国内での活動や現地法人の運営、中国事業と接続する発言・行動については、最低限の管理を行う必要がある。
同法は2026年3月12日に全国人民代表大会で可決され、序言と7章、全65条で構成される。中心となる概念は「中華民族共同体意識」の強化であり、企業にとっては、中国現地法人の社内管理、採用・接客、対外発信、オンライン運営、さらにはサプライチェーン調査における表現が実務上の点検対象となる。
特に留意すべきは、中国現地法人に対して研修・社内規程・企業文化に関する対応が求められる点である。第45条は、企業・事業組織に対し、社会責任を履行し、「中華民族共同体意識」の要求を業務研修や文化建設に取り入れるよう定めている。これは全社員に政治教育を行うことを意味するわけではない。しかし、当局から照会や監査があった場合に備え、差別禁止の徹底、社内トラブルへの対応手順、研修実施に関する記録を速やかに提示できる状態にしておくことが、実務上のポイントとなる。
また、採用や人事、接客における差別的取扱いにも注意が必要である。第59条は、民族的属性を理由とした雇用差別、商品・サービス提供の拒否、その他の差別行為について、是正命令、警告、通報批判などを定めている。そのため、日本企業の中国現地法人では、求人票、面接項目、配置・昇進の基準、顧客対応マニュアルにおいて、民族、宗教、出身地域を不当に条件化する表現がないかを確認すべきである。通常の労務管理の延長として、文書と運用を点検する対応が現実的である。
社内で問題発言や投稿が発生した場合の対応も重要である。第60条では、自組織内で発生した民族団結進歩を破壊する行為を適時に制止しなかった場合、警告、通報批判、責任者への法的責任追及につながり得ると規定されている。したがって、中国現地法人では、社内チャット、研修、労務紛争、顧客対応などにおいて民族・宗教・地域に関わる問題が生じた場合に、人事や法務が適切に自体を把握し、迅速に対応できる手順を整えておく必要がある。
さらに注意すべき点は、同法が中国国内の行為のみを対象としているわけではないことである。第63条は、中国国外の組織・個人が中国に対して民族団結進歩を破壊し、民族分裂をあおる行為を行った場合、法的責任を追及すると定めている。条文上、国外での行為も明示的に含まれるため、日本国内における発言、声明、講演、研究発表、サプライチェーン調査であっても、中国事業や現地法人、中国向け発信、中国出張と接続する場合には、中国側から問題視されるリスクがある。
特に、新疆、チベット、内モンゴル、台湾、宗教、人権、強制労働に関する発言や行動は慎重に扱う必要がある。ここでの発言・行動には、デモ活動への参加だけでなく、SNSなどでの発信なども含まれ得る。ただし、日本国内の通常の活動や社内での議論、取引実務まで一律に止める必要はない。むしろ警戒すべきは、企業側が「どこまで行えば安全か」を見極めきれず、結果として過剰な自主規制に走ることである。反間諜(スパイ)法、国家安全法、データ関連法制、そして今回の民族団結進歩促進法に共通する問題は、適用範囲や問題行為の定義が広く、企業や個人が明確なレッドラインを把握しにくい点にある。この曖昧さこそが、当局がすべてを直接監視せずとも、企業側に敏感な論点を避けさせ、社内管理を強める効果を生んでいる。
したがって、同法への実務対応は、見えないリスクを恐れて活動を止めることではなく、中国当局から照会を受けた際に説明できる記録と手順を整えることに置くべきである。現地法人では、説明可能な社内規程、研修記録、問題発生時の対応手順を整備し、本社側では、中国事業と接続する発信や資料について、法務・広報・現地法人が連携して事前確認を行う体制を構築する必要がある。
一方で、過剰な自主規制により社内での議論や人権デューデリジェンスまでを萎縮させてしまえば、欧米市場や取引先、投資家から求められる説明責任を果たせなくなるおそれがある。実務上は、中国あるいは中国事業との接続の深さ、情報の公開性、論点の政治性、渡航予定の有無などに応じて管理対象を絞りこみ、必要な範囲で備えを行うことが最適な均衡点となるだろう。
土屋 貴裕
京都外国語大学 共通教育機構 教授
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