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米・イラン覚書後の「消耗戦」──ホルムズ海峡「管理権」をめぐる新たな攻防

アメリカ イラン 学校長 飛耳長目 Jul 06, 2026
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

2026年6月14日に米・イランが戦争終結のための覚書に合意し、18日には両国首脳がこれに正式調印しました。ところがその舌の根も乾かぬうちに戦闘は再燃し、覚書に「合意済み」のはずの論点が改めて協議のテーブルに戻っています。今回のコラムでは、覚書調印からわずか3週間の間に何が起きたのか、そしてホルムズ海峡の「管理権」をめぐる新たな消耗戦の構図を確認したいと思います。

目次

1.覚書後の3日間の攻撃応酬──脆さを露呈した「停戦」

6月25日、革命防衛隊がホルムズ海峡でシンガポール船籍の貨物船を攻撃したことをきっかけに、双方の攻撃の応酬が始まりました。26日には米中央軍がイランのミサイル・ドローン貯蔵施設と沿岸レーダーを空爆。イランはクウェートとバーレーンの米軍基地を攻撃し、海峡通過船舶へのより厳しい取り締まりを宣言しました。27日にもペルシャ湾で応酬が続き、戦闘は3日目に突入。脆弱な停戦は早くも試練にさらされました。

しかし28日には両国が相互攻撃の停止で合意し、30日からドーハで間接協議を行うこととなりました。戦闘再燃の直接の引き金は、覚書──とりわけホルムズ海峡条項──の解釈をめぐる対立にありました。

2.「無料通航」条項の曖昧さとイランの既成事実化

覚書第5項は、イランが無料通航へ「最大限の努力」をすると定めるだけで、即時の無料通航を約束したものではありません。しかも「障害の除去」や「機雷除去」に必要と判断する行為を、30日間いくらでも行える余地がある。後半では、イランがオマーンと協議して海峡の「将来の管理と海事サービス」を定めるとされ、こうした曖昧さが双方に都合のよい解釈を許してしまったのです。

6月23日、国連の国際海事機関(IMO)とオマーンが、湾内で立ち往生する船舶を指定の安全ルートで通過させる共同イニシアチブを発表したことが直接の引き金となりました。これに対してイランの「ペルシャ湾海峡庁(PGSA)」は、指定枠組み外の航路では安全保証も保険も適用されないと牽制。革命防衛隊は自国指定ルートを拒否したタンカー3隻に引き返しを命じ、従わない船を攻撃するに至りました。

狙いは明快です。すべての船舶がイランと調整せざるを得ない状況をつくり、支配を既成事実化しようというわけです。しかもイランは、これを「覚書違反ではない」と主張できるギリギリのラインで行い、世界が諦めるまで妨害を続けて管理権を勝ち取ろうとしています。

3.ドーハ間接協議の空転──「合意済み」の論点に逆戻り

米国側は湾岸アラブ諸国との連携強化で応じました。6月23日、ルビオ国務長官はアブダビで「いかなる国も国際水路で通行料を徴収することは許されない」と表明し、米・GCC外相の共同声明でも「自由で無条件の航行」を強調しました。しかしイランのアラグチ外相は28日、「海峡の交通管理と完全な回復はイランの責任であり、他のいかなる国にも権限はない」と単独権限を明言。米国の立場と真っ向から対立しました。

こうした対立を抱えたまま、7月1日にはパキスタンとカタールの仲介による間接協議が再開されました。トランプ大統領は「非常に良い会談が行われた」と楽観論を語りましたが、実態は覚書合意時に「解決済み」とされていた論点──ホルムズ海峡の海上交通とイランの凍結資金の解除──に焦点が戻っただけでした。「合意済み」のはずの論点に立ち戻らざるを得なかったこと自体、覚書の履行がいかに脆弱な基盤の上に立っているかを物語っています。

米国が用意した切り札は、海外に凍結されている1,000億ドルのイラン資金の一部解放でした。これと引き換えに海峡通航料の徴収を諦めさせようと考えたのです。当初はカタールに預けられている60億ドルの解放が進みつつあったのですが、イランは「凍結資金の解除という見返りだけでは自国の立場を変えるには不十分」との姿勢を明確に示し、この「飴」に乗ろうとしません。長年の制裁で猛烈なインフレに苦しむイラン経済にとって外貨は喉から手が出るほど必要なはずですが、それでも動かないところに、テヘランの強気ぶりが表れています。

4.「サービス料」構想と中国という「友好国」の政治学

焦点となっているのが海峡通航料の取り扱いです。イランとオマーンは通過船舶からの料金徴収計画を推進していますが、オマーンは料金を任意とするのに対し、イランは支払い義務化を主張して立場が分かれています。米国は「手数料」に反対ですが、IMO事務総長が提案したマラッカ・シンガポール海峡型の「任意基金」への拠出案までは排除していません。

もちろんイラン側は「任意基金」への拠出、すなわち寄付金をもらうだけでは満足しません。中国駐在のファズリ大使は北京で「通行料ではなくサービス料を徴収する」と述べ、「これは国際海事法に違反しない」との立場を強調しました。そのうえで、中国関連の船舶については「友好国、とりわけ困難な戦時下で我々に寄り添ってくれた国々に対しては、特別な優遇措置を確実に検討する」と述べたのです。

アラグチ外相は以前から、中国、ロシア、インド、イラク、パキスタンを「友好国」として挙げていました。「非友好国」の船舶に通行料を課すことは国連海洋法条約の自由航行原則に違反しますが、イランはそうした国際法の批判を織り込んだうえで、中国のような大国の承認を得ながら海峡支配権の確立を目指す構えです。

5.軍事オプションを封じたトランプ──「終わりのない交渉」の罠

この局面でトランプ大統領は軍事オプションを事実上封じてしまっています。米ウォールストリート・ジャーナル紙は「トランプは終わりのない戦争をしないと公約したが、現在はイランとの終わりのない交渉に陥るリスクに直面している」と皮肉りました。

トランプ氏は側近に対し、「イランへのさらなる全面攻撃は外交交渉を頓挫させる」と発言し、「テヘランとの交渉が核合意の期限である8月18日を過ぎても構わない」と伝えたそうです。バンス副大統領も7月1日、「大統領はやむを得ない場合や明確な目的がある場合を除き、軍を再び派遣することはない」と語りました。核開発の再構築や商船への大規模な攻撃といった明白なレッドラインを越えない限り、米国は再戦の選択肢を放棄したと言ってよいでしょう。

しかしこれは、テヘランに時間を与えることを意味します。イランからすれば、指定航路の強制も船舶攻撃も、明白なレッドライン超えとは見なされないギリギリのラインで既成事実化を進められる。凍結資産の解放という「飴」を急いで受け取る必要すらありません。

6月の覚書調印は戦争の終結ではなく、ホルムズ海峡の管理権をめぐる新たな消耗戦の起点だったと考えるべきでしょう。イランは「最大限の努力」「障害除去」といった条文の曖昧さを抜け穴として使い、指定航路の強制と船舶への威嚇で支配の既成事実化を進めています。一方のトランプ政権は、弾薬枯渇と国内の制約から再戦を事実上放棄し、8月18日の期限すら撤廃してしまいました。この「米国の方が戦争をやめたい」という非対称性こそイラン最大の武器であり、当面は停戦の枠内でのグレーゾーンでの我慢比べが続くことになりそうです。

 

世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。

OASIS学校長(President) 菅原 出


 

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