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米イラン覚書の衝撃──「世界経済人質戦略」の勝利と米国の屈服

アメリカ イラン 学校長 飛耳長目 Jun 22, 2026
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

目次

1.覚書合意の衝撃──「米国が大きく譲歩した」

6月14日に米・イランが戦争終結のための覚書(MOU)に合意した、との情報を聞いた瞬間、「トランプが大きく譲歩したな」と思いました。米・イラン間ではこれまでもずっと協議は行われてきており、その経緯をつぶさに見てきた者から見れば、米国が少しずつ譲歩を重ねているのに対して、イランはほとんど歩み寄りを見せておらず強気なのはわかっていました。またイラン戦争は完全に膠着状態に陥り、米国側には打つ手がなくなり、イランとの「我慢比べ」になっていましたから、米国が耐えられなくなるのは時間の問題だろう、とは思っていました。

ですから、「合意」に至ったということは、米国が大幅に譲歩したことを意味する、それしかないと思ったのです。

18日に両国首脳が覚書に正式に調印したことが発表され、合意内容が公開されたのですが、それを読んで驚愕しました。長年、米・イラン協議を追い続け、細かな条件について両国がどのような立場をとってきたか、それがなぜなのか、どの点にどこまでこだわりを持ち、それが何を意味するのかを学んできた立場からすれば、「衝撃的」ともいえる内容でした。

端的に言って、イランの要求がすべて通っているだけでなく、米国がさらに大きな譲歩をしていたのです。ここまで米側が譲歩しなければイランが署名しなかったという事態の深刻さを目の当たりにしました。この合意文書は、現在の米・イランの力関係を反映していると考えるべきですから、今後の中東におけるパワーバランスを考えるうえでも極めて重要です。

2.史上最強の「鞭」も効かなかった──ベトナム化する戦争からの脱出

米国とイランは長年核をめぐる協議を続けてきました。本来、外交交渉をする場合、そのレバレッジとしては、大雑把に言って飴と鞭があります。両国ともこの両方を使いながらこれまでも交渉を続けてきました。米国はイランに経済制裁をかけたり、「こちらの条件を受け入れなければ軍事攻撃をする」と脅すなどの「鞭」を使ってきましたが、イランが譲歩しなかったため、今年の2月末に史上最強の鞭である軍事力の行使、しかも限定的な攻撃ではなく、レジームチェンジまで視野に入れた全面戦争を仕掛けて最大級の圧力をかけました。

しかしイランはそれを凌いだだけでなく、ホルムズ海峡を封鎖して世界経済に打撃を与え続ける能力を見せ続けました。米国は最大限の圧力、全面的な軍事力行使という手段を使ったのですが、それでもイランの意思を変えることができず、イランはずっと戦い抵抗することができました。米国は八方ふさがりで戦争から抜け出すことができず、ベトナム戦争と同じように戦争が今後長期間続いてしまう構図にはまっていました。

この構図から脱却する唯一の方法は、「トランプが諦めること」、これしかなくなっていたわけですが、中間選挙を前にしてトランプ大統領は遂に「諦める」選択をとったのだと思います。

3.軍事・海事条項──ホルムズ海峡の「コントロール権」を認めた米国

覚書の第1項で、米国とイラン及びその同盟国は、「レバノンを含む全ての前線での軍事行動を即時かつ恒久的に終了することを宣言」しています。また「今後、相互にいかなる戦争または軍事行動も開始せず、相互に対する武力による威嚇または武力の行使を控え、レバノンの領土保全と主権を確保することを約束」しました。

もちろん、イスラエルは本覚書に調印している当事国ではありませんが、このように合意した以上、米国はイスラエルの軍事行動をやめさせる責任を持つことになります。レバノンの「領土保全と主権」が明記されたということは、南レバノンに緩衝地帯を作りたいイスラエルに対して、それをやめさせることも含まれています。

今後イスラエルがレバノンのヒズボラへの攻撃をするたびに、イランは「合意違反」を主張して、米国に対してイスラエルを抑制するように要求することができます。

第4項で、「米国はイランに対する海上封鎖、ならびにあらゆる妨害行為や障害の除去に着手し、30日以内に海上封鎖を完全に終了する」ことを約束。一方イランはこの期間中、船舶の通航を戦前の通航量に比例するように回復することが求められています。また第5項では、ホルムズ海峡を60日間に限り無料で確保するため、最大限の努力をもって手配を行うことがイランに義務付けられています。しかしその後については、「国際法」と「ホルムズ海峡沿岸国の主権的権利」に基づいて、イランが同海峡の将来の「管理と海事サービス」について定めてよいことになっています。「ペルシャ湾の他の沿岸諸国と協議」をすれば、イランが一定の管理の方法について新たな措置を導入しても構わないという内容だと理解できます。これは事実上、米国がイランによるホルムズ海峡の一定のコントロール権を認めたということになるでしょう。少なくともイランはそのように解釈するはずです。

なお、第10項では、「本覚書の署名後直ちに、かつ制裁解除までの間、米財務省がイラン産原油、石油製品およびその派生製品の輸出、ならびに銀行取引、保険、輸送などを含む全ての関連サービスについて、適用除外を発行する」ことを米国が約束しています。これも大きな米国による譲歩です。米国はホルムズ海峡の再開に対する見返りとして、イランの石油産業に対する制裁を部分的とは言え解除したことで、イランが原油輸出による収入を得る道を保証したのです。

4.核問題と凍結資産──イランは何も譲歩していない

第8項は、核問題を扱う最も重要な箇所ですが、「イランは、核兵器を調達も開発もしないことを改めて確認する」と書かれています。イランはこれまでも「核兵器を保有しない」と何度も最高指導者レベルで発言していますので、「改めて確認」しただけで何も新たな譲歩はしていません。

また米国とイランは、「備蓄された濃縮物質の処分を解決することで合意。その最小限の手法は、国際原子力機関(IAEA)の監督下で現地において希釈(ダウンブレンディング)を行うこととする」となっており、イランの備蓄している高濃縮ウランを米国へ引き渡すのではなく、イラン国内で希釈すればいいという内容です。これもイランが従来から主張してきた提案が受け入れられており、イランは何も譲歩していません。

両国はまた、「最終合意で満足のいく枠組みが合意されることを前提に、濃縮の問題、およびイランの核のニーズに関連するその他の相互に合意した事項について協議することで合意」しました。この戦争が始まる前、トランプ政権はイランにウラン濃縮を一切認めないと主張して戦争になってしまったのですが、今後の協議では、イランが何年間ウラン濃縮活動を停止することになるのかが議論されることになります。また、そもそも「イランの核のニーズ」を同合意で米国が認めていることから、核活動を一切認めず、核のインフラも解体するといったこれまでの米国の主張はもはや議論にもなっていません。米・イラン間の最重要課題である核問題においても、すでに米国は従来の立場を変えて、イランに大きく譲歩していることが明らかです。

第11項では、国外で凍結されているイランの資産について、米国が、「凍結または制限されているイランの資金および資産を完全に利用可能にすることを約束する」と書かれています。イランは「本覚書の実施に伴い」、凍結されていた資金(240億ドル以上)へのアクセス権を得ると書かれていますので、後続の合意が交渉される前に、資金の流出がまもなく始まる可能性があることを示唆しています。イランはこの凍結資産への早期のアクセスを要求し続けていましたので、これも認められたのでしょう。

5.トランプの本音と米国の構造的限界

これ以外にもいろいろとあるのですが、紙面の都合上この辺にしておきましょう。このように本合意は明らかにイランに有利な内容になっているため、米国内やイスラエルから大変な批判の声が上がっています。

トランプ氏も妥協したことを理解しているので、内外からの批判を受けて、「もしこの合意を結ばなければ、あと3週間……4週間、あるいは2年間も爆弾を投下し続けていたかもしれない……。そうすれば、ホルムズ海峡が再開されることは決してなかっただろう」と弁明しています。株式市場は「上昇するどころか……1929年を除けば、おそらく誰も見たことのないような水準まで下落していただろう」「私は経済的大惨事を望んでいなかった」とトランプ氏は率直に述べたのです。

「もしこの状態を続けていたら、そうなっていたかもしれない…」、これはおそらくトランプ氏の本音ではないかと思います。

米軍は弾薬が枯渇し、軍はお金もなくなっていました。米国防総省は現在、議会に対し800億ドルの追加予算が必要だと伝えています。米ウォールストリート・ジャーナルが報じたところによれば、議会が新たな戦時支出法案を可決しなければ、「今年の夏にも作戦資金が底を突く」状況なのだそうです。米軍はこれ以上戦争を続けられないのが現状です。また米国経済もホルムズ海峡封鎖の経済的打撃をこれ以上吸収できない…。だからトランプ大統領は屈辱的ともいえる文書に調印したのでしょう。

バンス副大統領は、激しい批判の声に対して、今後のイランとの交渉における米国のレバレッジについてこう説明しました。「イランが善い行いをすればよりたくさんのご褒美がもらえる。もしよい行いをしなければ我々はそれを差し控えることができる。それが我々のレバレッジだ」と。つまり、もはや圧力=鞭は使えないので、飴をあげるか、あげないかという手段しかないことを認めています。

6.イランの戦略的勝利と今後のパワーバランス

今後、本格的な交渉がスタートすると思いますが、おそらく現在の合意の履行からスムーズにはいかず、進んだり後退したりと協議は難航することが予想されます。このままずっと協議しているだけで決着しない可能性もあるでしょう。しかし、イランはこの覚書に合意しただけで十分すぎるくらいの飴を受け取ることになっています。ホルムズ海峡を60日間無料で開放するだけで原油輸出は解禁になりました。彼らは現状維持でも十分利益を得られますので、後続の協議は時間をかけて行うでしょう。

トランプ大統領は、世界恐慌を回避するためやむを得ずイランに譲歩したことを認める発言をしました。これは、イランの戦略が成功したことを裏付ける発言です。イランは、「世界経済を人質にとる」戦略をとり、今回の米・イスラエルとの戦争を戦ったのです。この作戦が見事に成功し、超大国の米国がイランの要求を飲んだことになります。

これからの本格的な核協議は進まないかもしれませんし、途中で頓挫するかもしれませんが、この合意文書に米国大統領が調印した事実はもう消えません。この事実は今後イランに大きな自信とパワーを与え、中東の戦略バランスに大きな影響を与えることになるでしょう。今後イスラエルも、この現実を踏まえてこの新たな脅威にどう対抗するか考えてくるはずです。

ここでの米国の「敗北」が、今後の世界の秩序や東アジアの戦略環境にどのような影響を与えるのか、ますます目が離せない状況になっています。

 

世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。

OASIS学校長(President) 菅原 出

 


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Mar 26, 2026