米イラン我慢比べ──ホルムズ海峡「消耗戦」の行方
May 01, 2026
こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。
イラン戦争が始まってから2カ月が経過しました。現時点では「停戦」が続いており、相互にミサイルやドローンを撃ちあうような事態は回避できていますが、戦争終結に向けた協議は進んでおらず、双方が「封鎖」作戦を展開して海上での睨み合いが続いています。
今回のコラムでは、戦争開始以降、この戦争の構図がどのように変わり、米国とイランが戦争の主導権を握り相手を追い込むためにどのような手段を講じてきたのかを振り返り、現在の構図、この戦争の現在地を確認したいと思います。
今後、現在の膠着状態を打開するために、どちらかが再び攻撃を仕掛けるリスクも消えていません。
1.イラン「地域エスカレーション戦略」と戦略的主導権の確立
2026年2月末に始まった米・イスラエル連合軍によるイラン攻撃ですが、その後の展開は当初の想定とまったく異なるものとなりました。米・イスラエル軍はイランの弾道ミサイル・ドローン能力を破壊すべく大規模な空爆を実施。ところがイランは、2025年6月の「12日間戦争」を経てすでに戦略を切り替えていました。それまでの抑制的な報復姿勢を捨て、「戦争を地域全体にエスカレートさせ、湾岸アラブ諸国を標的にして世界経済を人質に取る」という戦略へと舵を切っていたのです。
開戦と同時に、イランは防御の手薄な湾岸アラブ諸国に火力を集中。さらに「モザイク防衛」を採用し、各地に分散配置された部隊が自律的に判断できる体制を整えていたため、即座に報復を展開しました。狙いは長期消耗戦。激しい攻撃に耐えながら湾岸諸国や世界経済への打撃を持続させ、アラブ諸国や米国民が経済的痛みに耐えられなくなる時を待つ──そういう戦略でした。
この戦略は予想以上の成果を上げました。湾岸の石油・ガス施設の一部が破壊され、ホルムズ海峡が事実上封鎖されたことで原油価格は急騰、株式市場の動揺は米経済にも波及しました。米・イスラエル軍はイランの主要軍事施設を次々と破壊しましたが、湾岸諸国やホルムズ海峡を通る船舶を攻撃する「能力」そのものを奪うことはできません。一日に数発のドローンを撃ち込むだけで世界経済に打撃となる構造のなかでは、イランのそうした攻撃能力を完全に潰すことなど現実的ではありません。
自信を深めたイランは、さらにホルムズ海峡通行税の導入を発表。海峡封鎖能力を恒久的な金銭収入に変えてしまおう、という制度設計に着手したのです。目指すは、イランに「安全保障費」を支払う船舶には通過を認める「保護料徴収体制」の構築です。
こうして、米国が軍事力でイランを攻撃しても、イランが湾岸諸国やペルシャ湾の船舶を攻撃すれば世界経済の悪化が米国に跳ね返ってくる──戦略的主導権はすっかりイラン側に移ってしまいました。
2.相互脅迫と破滅的エスカレーションの危機
軍事目標をほぼ攻撃し尽くした米国は、さらなる圧力手段として発電所や石油施設など民生インフラへの攻撃を主張し始めました。これに対してイランも、湾岸アラブ諸国の民生インフラを徹底的に破壊すると脅迫し、緊張は一気に高まりました。発電所、海水淡水化施設、橋梁、石油精製プラント──双方が民生インフラの破壊を言明する状況は、中東全域の崩壊を意味しかねない水準にまで危機を押し上げたのです。
これを受けて、パキスタンの仲介による交渉が実現しました。4月11~12日、ヴァンス副大統領率いる米代表団とガリバフ国会議長率いるイラン代表団がイスラマバードで21時間にわたって協議。米国はウラン濃縮の永久禁止要求を「20年停止」に緩和するなど譲歩を示しましたが、イランは「一桁年数の停止」を主張して譲らず、協議は決裂してしまいました。
3.「静かな封鎖」という戦略的イノベーション
ここで米国が導入した新たな一手が、イラン港湾への海上封鎖でした。4月13日、米中央軍はペルシャ湾・オマーン湾を含むイラン沿岸に出入りする船舶への封鎖措置を発表しました。完全に機能すればイランは1日あたり約4億3500万米ドルの損失を被り、陸上石油貯蔵能力13日分を超えると油田の操業停止に追い込まれる計算でした。
注目すべきは、この「戦争行為」にもかかわらず市場がほとんど反応しなかった点です。封鎖開始以来、米中央軍はイラン関係船を反転・帰港させ、突破を試みる船舶を拿捕していますが、市場は静かなままで原油価格の上昇も抑えられました。
ミサイル攻撃のような大規模破壊を伴わず、停戦が維持され交渉が続いている限り、海上封鎖という「静かな圧力」は実に有効であることが証明されました。これによって米国は、戦争開始以降初めてイランに対する「戦略的主導権」を取り返しました。イランの「世界経済人質戦略」に対し、米国は「イラン経済人質戦略」で応じる──そんな対称性が構築されたのです。
4.イラン強硬派が主導権を握り、再協議の目途立たず
しかし、事態は単純には進みませんでした。4月21日に予定されていた2回目の協議は土壇場でキャンセル。トランプ大統領はパキスタン指導部の要請で停戦を無期限延長する一方、海上封鎖は継続すると発表しました。
舞台裏ではイラン内部の権力闘争が深刻化していました。ガリバフ議長やアラグチ外相ら文民指導部は協議継続を支持しましたが、革命防衛隊ヴァヒディ司令官ら強硬派は封鎖継続下での譲歩を拒否。結局、強硬派主導でイランの交渉戦略が固まりました。まずは米国による海上封鎖を解除させることに協議内容を集中させ、核問題は後回しにする──そういう方針です。協議アジェンダの変更に米国は反発し、再協議の目途は立っていません。
5.不確実性の瀬戸際──エスカレーションのリスク
4月23日には3隻目の空母「ジョージ・H・W・ブッシュ」(約6000名)と護衛艦群がイラン近海に到着しました(直後に空母「ジェラルド・フォード」が中東を離れることも発表されました)。「ボクサー」水陸両用即応群と第11海兵遠征部隊(約4200名)も中東に移動中と伝えられており、5月中旬には米軍戦力が大幅に拡大する見通しです。
時間的制約は双方に重くのしかかっています。イランの石油貯蔵能力は4月末~5月上旬に限界を迎えるとされています。貯蔵できなければイランは石油生産を止める必要が出てきます。また4月末から5月中旬には米軍の中東増派が完成。さらに5月中旬の米中首脳会談前にイラン問題を片づけてしまいたいトランプ大統領の政治的思惑──複数の時計が4月末から5月中旬に向けて収斂しているのです。
トランプ大統領は封鎖継続を主張し、イランとの我慢比べに入っています。もし忍耐を失ってイラン攻撃を再開すれば、イランは強硬派を中心に全面報復に出るでしょう。イエメン・フーシ派経由の紅海封鎖や、湾岸エネルギーインフラへの大規模攻撃といった選択肢を発動しかねません。一方で、イラン強硬派が米国の奇襲を警戒して先制的にエスカレートさせるリスクも排除できません。
「静かな封鎖」によって戦争の構図は大きく変わりました。とはいえ、トランプ大統領かイラン強硬派のいずれかが譲歩しない限り、さらなるエスカレーションのリスクは依然として高いままです。4月末から5月中旬までの期間が、中東と世界経済の運命を左右する正念場となりそうです。
世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。
OASIS学校長(President) 菅原 出