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イスラエル・イラン「停戦」で今後の中東はどうなるのか?

イスラエル イラン 学校長 飛耳長目 Jun 28, 2025
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

目次

1.イランのカタールへのミサイル発射の意味

2025年6月24日にイランはカタールの米軍基地に14発のミサイルを発射しました。トランプ大統領はすぐに、イランがミサイルを発射したもののすべて迎撃または軌道変更されたこと。また、イランが攻撃の「早期通知」を米国に提供したことに「感謝」すると投稿しました。

「感謝する」という発言には驚かされましたが、その後すぐにトランプ大統領は、イランとイスラエルの停戦が近いと投稿しました。なんで「反撃」を受けたのに相手に「感謝」しているのか、なぜミサイルを撃たれたばかりなのにすぐに「停戦」なのか、と混乱した人も多かったのではないか、と思います。

イランのアラグチ外相は、カタールのアル・ウダイド米軍基地に対するテヘランの攻撃は、米国の「イランの領土の完全性と主権に対する侵略」への対応だったと述べた一方で、「米国がさらに措置を講じた場合、イランは再び対応する用意がある」と言いました。イラン外相は、米国がこの攻撃に対して報復しない場合はこれ以上攻撃しない、と言ったのです。

これは2020年1月に、イラクのバグダッドで、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が米軍の無人機攻撃で殺害され、イランが報復攻撃を行った時とまったく同じパターンでした。

あの時イランは、16発の弾道ミサイルを、米軍が駐留するイラク国内のアル・アサド空軍基地とアルビルの計2カ所の基地に向けて発射したのですが、米国との全面戦争を回避したかったイランは、事前にこの攻撃についてイラク政府に通告することで、米側に知らせました。そのため米軍は事前に迎撃の準備をしたり、米兵をシェルターに避難させるなどの措置をとったことから、米軍側に死者は発生しませんでした。当時、トランプ大統領はイランに対して報復をしないことを決めて、戦争を回避したのでした。

今回の米・イラン間のやりとりは、あの時と全く同じパターンでしたから、トランプ氏が「停戦近し」と投稿したのを見て、米・イラン間で一定の戦略的コミュニケーションがとれたのだろう、と思いました。

最大のポイントは「イランが米国との衝突をエスカレーションさせる意図がない」ことを明確にした点でした。米軍に核施設を攻撃されたイランが、徹底抗戦に打って出るのか、エスカレーションを避けるように動くのかの選択を迫られていたので、「どっちに動くのか」と注目されていたのですが、この行動によりイランは「エスカレーションを避ける」道を選んだことが分かったのです。

米国に核施設を攻撃された以上、イランとしては何か報復をしなくては国民に対して示しがつきません。そこで、米軍がイランに落としたバンカーバスター14発と同じ数のミサイルを米軍基地に対して撃ち返すことで国家の威信を保ち、それでいて全面戦争を回避する目的で、事前通告付きのシンボリックな攻撃をカタールの米軍基地に対して行ったのでした。

カタールがこの「攻撃」の対象に選ばれた理由について、ニューヨーク・タイムズ紙はイラン革命防衛隊のメンバー2人へのインタビューを通じて次の2つの理由を報じています。一つ目は、アル・ウダイド空軍基地が中東地域最大の米軍基地であり、イランの核施設に対して行われた米軍のB-2爆撃機の攻撃も様々な点で支援・調整した可能性があること。

そしてもう一つは同基地の置かれているカタールがイランと親密な関係にあり、「損害を最小限に抑えられると判断したため」と同紙は書いています。実際には、カタールが米国の意向を受けてイスラエルとの停戦に向けた仲介を行っていたので、カタールであればイランの意図を理解して正確に米国に伝えてくれる。間違ってもこの攻撃に対して米国がさらなる報復攻撃をしないように抑えてくれるはずだ、との信頼があったからだと思われます。

2.トランプの仲介とイスラエル・イラン停戦

6月21日の夜に、トランプ政権の中東特使スティーブ・ウィトコフ氏は、アラブ諸国に対し、米国がイランに対する攻撃を間もなく実行する可能性があることを伝えていたようです。攻撃後にウィトコフ氏は、トランプ大統領の指示により、イランのアラグチ外相に電話をかけて直接メッセージを交換したとされています。

米ウォールストリート・ジャーナル紙によると、ウィトコフ氏はアラグチ外相に対し、イランが交渉のテーブルに戻らなければならないと述べ、米国は同国にさらに損害を与えることができると脅したようです。アラブの指導者たちもイランに対し、「ワシントンに譲歩を提示する時が来た」とのメッセージを伝えたものの、イラン外相は、攻撃されている中での交渉は出来ないと拒否し、核計画を放棄しないと回答したとされています。

この間トランプ政権は、イランとイスラエルの停戦に向けた外交を水面下で進め、カタールがトランプ政権の代理として仲介役を務め、イランに対してイスラエルとの停戦合意を受け入れるよう説得したようです。

イランのアラグチ外相は、イスラエルが「イラン国民に対する違法な攻撃」をテヘラン時間24日午前4時までに停止すれば、イランは武器を置く用意があることを示唆。しかし、イスラエルは、停戦期限が迫る中で、この戦争中最も激しいミサイル攻撃を継続しました。

トランプ大統領はカタールの首長、タミーム・ビン・ハマド・アル・サーニー氏に、イスラエルが米国の停戦提案に合意したことを伝え、イランの参加を働きかけるよう要請。カタールの首相がイランの指導者と電話会談を行い、イランに停戦へ合意するよう説得したとされています。

一方トランプ氏は、イランの核施設攻撃後、ネタニヤフ首相に電話をかけ、「米国は軍事任務を完了し、攻撃作戦を中止する。イスラエルも同様の措置を講じるべきだ」と伝えたとされています。

停戦発効間際に駆け込みの攻撃が行われ、相手の停戦合意違反を理由に散発的な攻撃と非難の応酬が続くのは、よくあることです。トランプ大統領が、イスラエルとイラン両国を罵倒し、とりわけ「イスラエルは、合意を結んだ直後に、私がこれまで見たことのないような大量の爆弾を投下した」、「イスラエルの対応には不満だ」と述べたシーンは、テレビで世界中に放送されました。

イランの国家安全保障会議は、テヘランが「敵に後悔させ、敗北を認めさせ、一方的に侵略を停止させた」との声明を発表しましたが、イランのペゼシュキアン大統領は、アラブ首長国連邦(UAE)の指導者との電話会談で、テヘランは「交渉の場で問題を解決する用意がある」ことを伝えたようです。

こうして公式の合意文書のないまま停戦が始まり、イラン、イスラエル両国共に「勝利」を宣言しました。

イランのペゼシュキアン大統領は、国民に対して勝利宣言をする一方で、サウジアラビアのムハンマド皇太子に電話をかけ、イランは米国との意見の相違を解決する用意があると伝えたと報じられています。

米戦争研究所は、イラン反体制派メディアの報道を引用し、イラン政権内部で米国やイスラエルとの戦争への対応をめぐり、内部対立が生じている様子を伝えています。それによると、最近、穏健派のハッサン・ロウハニ元大統領が、宗教都市コムで高位の聖職者たちと会談し、ハメネイ最高指導者に、ウラン濃縮の停止など、米国およびイスラエルの主要な要求を受け入れるよう圧力をかけるよう説得したと報じられています。

聖職者たちがロウハニ氏の要請にどのように応じたかは不明ですが、「核開発を続けて体制を滅ぼす」道を選ぶのか、体制存続を選ぶのか、イランの指導層の間で究極の選択について議論がなされ、「体制存続」を選ぶという戦略的決断が下された可能性があるのではないか、と筆者は考えています。いずれにしても、イランは「ホルムズ海峡封鎖」や「中東全域の米軍基地に対する攻撃」など、米国との全面戦争に発展するような破滅的な道をとらなかったことは、確かです。

一方のネタニヤフ首相は24日、イスラエルがイランとの12日間の戦争において、核による滅亡の脅威を排除し、イランが核開発を再開するいかなる試みも阻止する決意を示しました。「イランで再び核開発を行おうとする者がいれば、私たちは同じ決意と力でその試みを阻止する。繰り返す。イランに核兵器を保有させない」。ネタニヤフ首相は、今回の戦争について、「世代を超えて残る歴史的な勝利だ」と宣言しました。

ネタニヤフ氏はすでに22日の段階で、「イスラエルはイランにおける目標の達成に非常に近づいている」と述べており、戦闘中止が近いことを示唆していました。同首相は、イランの弾道ミサイルプログラムと核施設の両方に重大な損害を与えたことを指摘し、イスラエルがイランとの「消耗戦」に巻き込まれることを許さないと表明していたのです。

ガザ地区に限定されるハマスとの戦争とは異なり、テルアビブやハイファにミサイルが着弾し、国際商業便は全てストップした状態をいつまでも続けるわけにはいかないはずであり、ネタニヤフ首相もイランとの戦争の長期化を避ける必要性を認識していたものと思われます。

いずれにしても、イランもイスラエルも停戦に同意するという戦略的な決断を下したものと筆者は考えています。そうであれば、今後は「戦争フェーズ」から再び「外交フェーズ」へとシフトすることになり、当面停戦は維持されると判断することが可能です。もちろん、危機を引き起こした根本原因が解決されているわけではないため、外交交渉が行き詰まれば、再び戦争フェーズに向かうこともあり、そうした展開が今後繰り返される可能性もあるでしょう。

3.米・イランは核協議に戻れるか?

これからの最大のポイントは、イランが米国との核協議に戻ることが出来るのかどうか、という点でしょう。

トランプ大統領は6月25日、「来週イランと話し合う。合意を結ぶ可能性もある」などと述べ、協議を通じてイランに核開発計画の放棄を約束させる方針を明らかにしました。

イランのペゼシュキアン大統領は25日、サウジアラビアのムハンマド皇太子との電話会談で、「我々は、国際的な枠組みに基づいて米国との問題を解決する用意があり、我々の権利を超えるものを一切求めない。この道筋において、友好国および兄弟諸国からのあらゆる支援を歓迎する」と伝えました。

これはイランが米国と交渉により「問題を解決する用意がある」ことを意味しているのだと思われます。しかし、イラン国内では今後の方針を決定するにあたり、路線対立が深刻化しているようです。イスラエルとの戦争が激化する中、最高指導者であるハメネイ師は、イスラエルの暗殺を恐れて安全な場所に避難し、電子機器を遠ざけたことから、政権中枢の閣僚たちも同師と連絡がとれない状況に陥りました。

ハメネイ氏の不在中、イランの政治家と軍司令官たちは同盟を結成し、権力争いを繰り広げていると伝えられています。ニューヨーク・タイムズ紙が報じたところによれば、現在二つの派閥が、イランの核計画の進め方、米国との交渉、イスラエルとの対立について、異なるビジョンを持って鋭く対立しているようです。

現在優勢と見られる派閥は、穏健路線と外交を推進しているグループであり、米国との交渉再開に意欲を示しているペゼシュキアン大統領が中心となっています。ペゼシュキアン氏の盟友には、最高指導者に近い司法長官のゴルアム・ホセイン・モハメディ・エジェイ氏と、新任の軍参謀長官であるアブドルラヒム・ムサビ少将が含まれるということです。

25日に開催された閣議で、ペゼシュキアン大統領は、国家の管理方法を変える時が来たことを示唆。「戦争と国民の一致団結は、私たちの統治に対する見方と官僚の行動を変える機会を生み出した。これは変革の絶好の機会だ」とペゼシュキアン大統領は閣僚に対して述べたとされています。

しかし、これに対抗する派閥も存在します。この派閥は保守強硬派の政治家サイード・ジャリリ氏が率いる勢力で、大統領や外相を公然と批判し、彼らが「驚きの停戦」と呼ぶ措置の正当性を疑問視し、米国との核交渉再開を非難しています。このグループには、議会で過半数を占める強硬派と、革命防衛隊の幹部の一部が含まれているとのことです。

最高指導者のハメネイ師は26日、米軍空爆以降、初めて動画によるメッセージを発し、イラン国民に対し、イスラエルと米国に対する勝利と称するメッセージを発表しました。発言内容から、23日のイランによるカタールに対する攻撃の後に撮影されたことが分かるため、同師は現在も健在であることが想定されています。

しかし、この12日間の戦争という危機の中で、自身の身の安全のために隠れてしまい、戦争中2回しか国民にメッセージを出すことができず、国家の危機的な決断の際にも連絡がとれない状況で、最高指導者としての「指導力」が問われても不思議はないでしょう。これを体制「変革の絶好の機会」として、穏健派のペゼシュキアン大統領の派閥が主導権を握ることが出来るのか、それとも強硬派が主導権をとるのかが、今後のイランと米国の交渉の行方を左右することになるでしょう。

イランのアラグチ外相は26日、イランの核施設が「重大かつ深刻な損害」を受けたことを明らかにしました。これは、米国が3つの核施設を攻撃したことで生じた損害の規模に関する最初の公式なイラン政府の見解です。ハメネイ師は先の動画メッセージの中で、イランの核施設に対する攻撃は「重要な成果は何も得られなかった」と述べ、トランプ大統領が攻撃によって核施設を「破壊した」と主張したのは「誇張ぎみ」だと述べたのですが、アラグチ外相はハメネイ師とは異なる見解を公にしたことになります。

アラグチ外相はまた、イランが国際原子力機関(IAEA)との協力を停止する可能性があることを示唆しています。現時点でイランは、IAEA のグロッシ事務局長の訪問を歓迎しないと述べ、IAEA の査察官がイランの核施設への立ち入りを許可されるかどうかわからないことを示唆しています。

核施設を破壊されたイランは、欧米との核交渉においてほとんど影響力を失ってしまっていましたので、イランは IAEA との協力を交渉のカードとして活用しようとしている可能性があります。また、どこかに移転させている濃縮ウランの取り扱いについても、今後の交渉の材料になると筆者は考えています。

「米国との外交関係を再開するかどうかは現在検討中で、我が国の国益に依存する」とアラグチ氏は述べています。イランは今後どのような外交路線をとるのでしょうか。米国との核交渉に進み、一定の妥協と引き換えに制裁解除を勝ち取り、再び国際社会と調和した路線に進むのか。それとも、孤立と核兵器開発の道に進み、再びイスラエルや米国との戦争に向かうのでしょうか。

後者の道を進んだ場合、再び核危機が起こり、イスラエルや米国がイランを再び空爆することもあり得るでしょう。今後、イランが米国との核交渉に戻るかどうかが、同国の選択を見極める指標になるでしょう。

 

世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。

菅原 出
OASIS学校長(President)


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