一線を越えた戦争を始めたイスラエルと中東の運命
Jun 16, 2025
こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。
1.軍事衝突の概要
6月13日にイスラエルがイラン攻撃を開始。イランはすでに224名が死亡し、イスラエル側も12名以上の死者が出るなど、双方多くの犠牲者を出しながら、戦争を続けています。長年中東を見てきた者として、わずか数年前までは、イランとイスラエルが直接戦争するなど、机上演習の「ワーストケース・シナリオ」で考えられる程度で、現実にこうなるなど想像することさえ困難でした。
そんな「悪夢」のような事態が私たちの目の前で現実に起きています。
6月13日にイスラエルは、イランの核とミサイルの脅威の排除を狙った軍事作戦を始めましたが、イスラエルは、この目標を達成する過程でイランの現体制を支えるあらゆるインフラを破壊し、現体制の存続を脅かすほど攻撃をエスカレートさせていく可能性があります。
また、イランの核の脅威をイスラエルが単独で排除することは困難なため、最終的には米国がこの戦争に巻き込まれていく可能性が高い、と筆者は予想しています。以下、この「歴史的な大戦争」を詳しくみていきましょう。
6月13日、イスラエルはイランの核計画と同国の政権指導部を標的とした空爆作戦を開始。攻撃には200機の戦闘機を使用し、330発を超える「各種の弾薬」を投下し、イラン全土の100カ所を超える目標を攻撃した、とイスラエル国防軍(IDF)が発表しました。
この攻撃は、イランの防空施設とミサイル基地、核施設、そしてイランの主要な政治・軍事指導者や核科学者を標的としたものでした。
「イスラエルによるイラン攻撃」の第一報が入るやいなや、イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)の最高司令官であるホセイン・サラミ氏の死亡が伝えられ、続けてイラン軍参謀総長モハマド・バゲリ氏もイスラエルの攻撃で死亡したことが報じられたのは衝撃的でした。
イスラエルはさらにイラン革命防衛隊(IRGC)航空宇宙部隊のアミール・アリ・ハジザデ司令官を含む20人のイランの主要指揮官を殺害したと発表し、軍高官だけでなく、元国家安全保障担当最高責任者でハメネイ最高指導者の側近でもあるアリ・シャムハニ氏も殺害したことを明らかにしました。
また、イランの核科学者6人がイスラエルの空爆等で殺害されたことも報じられ、その容赦ない攻撃に驚かされました。
これに対してイランは、かなり時間が経ってから 100 機以上の無人機をイスラエル領土に向けて発射して報復しましたが、ほとんどが撃墜。さらにイスラエルの最初の攻撃から約18時間後に弾道ミサイル攻撃を実施しました。
その後、イラン軍も迅速に態勢を立て直してさらに弾道ミサイルでイスラエルに報復攻撃をし、激しい攻撃の応酬が継続しています。
イスラエルのネタニヤフ首相は、「イスラエルの存続を脅かすイランの脅威を後退させるための作戦」だと述べ、この作戦を「脅威を排除するまで必要な日数をかけて継続する」と宣言しました。
一方、イランの最高指導者ハメネイ師も「イスラエルはこの犯罪行為により、みずから痛みを伴う運命を招き必ず報いを受けるだろう」とする声明を発表し報復を宣言しました。
2.軍事作戦の特徴:奇襲+特殊作戦+空爆のハイブリッド作戦
今回のイスラエルの軍事作戦の特徴は、奇襲作戦による不意打ち、諜報機関による特殊作戦と航空戦力による空爆のハイブリッド型攻撃であり、昨年9月にイスラエルがレバノンのヒズボラに仕掛けた攻撃と全く同じパターンです。
攻撃の最初の数時間で、イスラエルはイランの軍参謀総長や革命防衛隊の司令官等を殺害し、イランの指揮系統を混乱させ、最高指導者ハメネイ師を孤立させ、イランがさらなるイスラエルの攻撃から自衛するのを困難にしました。
イスラエル軍はまた、核兵器製造に必要な核分裂性物質の主要な生産拠点であるナタンズ核施設も攻撃。さらに、防空施設やイランの広大なミサイル兵器庫の一部も攻撃。こうした一連の攻撃の成功は、奇襲の効果が大きかったと思われます。
イランの最高指導部は、米国との核協議が失敗した場合に備え、イスラエルの攻撃に備えて1週間以上前から計画を練っていたと言われています。私たち日本の民間人でさえ、米・イラン核協議が決裂した際には、イスラエルのイラン攻撃が始まるかもしれない、と準備をしていたのですから、イランがそうした脅威に備えていないはずはありません。
しかし、イランの指導部は、イスラエルが6月15日にオマーンで予定されていた米・イラン核協議の前に攻撃を仕掛けてくるとは予想していなかったようです。実際、イスラエルの攻撃が発生した夜、イラン軍の高級幹部たちは安全な避難所に避難せず、自身の自宅で待機するという運命的な判断を下していました。
また、革命防衛隊・航空宇宙部隊指揮官であるハジザデ将軍と彼の幹部スタッフは、一カ所に集まることを禁じる命令を無視してテヘランの軍事基地で緊急の戦争会議を開催。イスラエルの攻撃を受けて幹部全員が死亡してしまいました。
こうしてイスラエルは、初期の攻撃でイランの防衛能力の主要部分を破壊し、レーダーや防空システムを破壊しました。イスラエルがこの段階で事実上の制空権を確保したことは大きかったと思います。ここはウクライナ戦争でロシアがいまだに確保できず、それゆえ効果的な作戦が展開できないのとは対照的だと言えるでしょう。
今回の攻撃では、イスラエルの諜報機関モサドが長年にわたって蓄積してきた情報収集力に加え、イラン国内で破壊活動や準軍事作戦を展開するために構築してきた特殊作戦能力の威力が際立ったと言えるでしょう。
既に各種メディアの報道で伝えられているように、モサドは、攻撃の数カ月前から爆発物搭載無人機やその他の誘導兵器をイラン国内に密輸し、無人機の秘密基地を設立。イラン国内からこれらの無人機をテヘラン近郊の革命防衛隊基地にある地対地ミサイル発射地点に向けて発進させたのだそうです。
イラン軍の幹部たちの自宅にピンポイントで自爆型無人機を突っ込ませたのも、こうしたモサドの諜報員たちだったと伝えられています。モサド恐るべし、です。
モサドはまた、イスラエルの戦闘機に対して使用される可能性のある他の対空防衛システムを無力化するため、攻撃システムと高度な技術を装備した特殊車両を配備して、遠隔操作で対空防衛システムを破壊する秘密工作を行ったとされています。これは以前にもモサドがイラン国内で、イラン人科学者を暗殺する際に使っています。あの時は、自動車に搭載された機関銃が、科学者の乗った車両の通る道路に駐車され、科学者が通過しようとしたところ、遠隔操作で機関銃が発砲。しかも機関銃にはAI搭載のカメラが付いており、標的とされた科学者だけを識別して銃殺していました。
あの事件が2020年でしたから、あれから5年、モサドはさらに兵器を高度に進化させ、今回はイランのミサイルや防空システムを破壊するのに使ったようです。
モサドはイラン国内で数百人のエージェントを運用しているとされ、イラン政府や軍の中にも多くのアセットを抱えているのでしょう。こうしたモサドの諜報能力がなければ、今回のイスラエルの作戦は実現できなかったものと思われます。
3.イスラエルの政治目標とイランのインフラ施設への攻撃
イスラエルは、初期の空爆作戦により、イラン最大のウラン濃縮施設であるナタンズにある地上の核施設を破壊したと言われています。イランの主要な核科学者の一部が殺害されたことは、爆弾製造に必要な専門知識を持った人材を除去するという目標に沿った動きだったと考えられます。
しかし、ナタンズの地下核施設が破壊された証拠はなく、またフォルドゥの山間部にある大規模な地下施設は、ほとんど損害を受けていないとされています。
これは「核の脅威」を取り除くというイスラエルの政治目標がまだ未達成であることを意味しています。これをどうするのかは今後の要注目点になります。
今回のイスラエルの軍事作戦の規模、標的選択や政治家たちの発言は、核やミサイルの脅威を取り除くよりもさらに大きな野心、すなわちイランの現政権そのものを打倒することを、イスラエルは狙っているのではないか、と筆者は疑っています。
ネタニヤフ首相は攻撃開始直後の演説で、イラン国民に対し直接メッセージを送り、次のように訴えています。
「あなた方をほぼ50年間抑圧してきたイスラム政権は、私たちの国、イスラエル国家を破壊しようとしています」
ネタニヤフ氏は、イスラエルの目的は核と弾道ミサイルの脅威を排除することだと説明した上で、「私たちが目的を達成する過程で、あなたたちが自由を勝ち取る道も開かれるのです」「これはあなたたちが立ち上がり、声を上げる機会です」と述べたのです。
さらにネタニヤフ首相は14日には、「私たちは、アヤトラ(イスラム教シーア派の有力宗教指導者)に属するすべての拠点、すべての標的を攻撃する。彼らがこれまで経験してきたことは、今後数日で感じるものとは比べ物にならないだろう」と語りました。
そしてイスラエル軍は、攻撃の第二段階として、イランの石油・ガス施設などエネルギーインフラへの攻撃を開始したのです。
14日からイランのインフラ施設に対する激しい攻撃が開始され、イスラエルは、テヘラン南部のシャール・レイ製油所を攻撃。またサウスパルス・ガス田の一部に攻撃を仕掛けたことも明らかになりました。サウスパルスは世界最大級のガス田の一つであり、イランのエネルギー生産の要となる場所です。
これを受けてイランはイスラエル北部ハイファ周辺や中部に新たなミサイル攻撃を行いました。
イランは14日、イスラエルがさらに2人の軍の高官を殺害したことも発表しました。殺害されたのは、革命防衛隊の副情報部長であるゴルアムレザ・メハビ将軍と、同作戦副司令官であるメフディ・ラバニ将軍。またさらに3人の核科学者が殺害され、暗殺されたイランの核科学者の数は計9人になったことが明らかにされました。
イスラエルは、イランの現体制打倒に向けてさらに攻撃をエスカレートさせてきたと言えます。エネルギーインフラはイラン経済にとって生命線であり、そこに攻撃を仕掛けてきたということは、イランも生存をかけて必死の反撃をしなければならなくなり、さらなるエスカレーションが避けられない状況になっています。
4.米軍の参戦と今後の展開
イスラエルは、イラン攻撃開始直後からトランプ政権に対し、イランとの戦争に参加し、イランの危険な核計画を破壊することに協力するよう求めていると報じられています。
イスラエルは、イランのフォルドゥの地下核施設を破壊するために必要なバンカーバスター爆弾と大型爆撃機を保有していません。もしフォルドゥの核施設を破壊できずにイランがウラン濃縮活動を継続できる状態を維持した場合、イスラエルは「イランの核プログラムを消滅させる」という目標を達成できないことになります。
そして、もしイランの核のインフラを残したまま戦争をやめた場合、イランはほぼ確実にその後核武装の道を進むはずであり、そんな状況をイスラエルが容認できるはずはありません。
イスラエルはつまり、「フォルドゥの核施設の破壊を含めたイランの核の脅威の除去」という、“米国の参加なしに単独では達成できない目標”を掲げて軍事作戦を開始したことになります。ネタニヤフ首相はおそらく、いずれかの時点で米国を巻き込むことを計算に入れているのでしょう。
こんなに綿密な計画を立てて戦争を始めているイスラエルが、肝心の核施設を破壊する計画を立てていないはずはありません。
イスラエルの当局者は米メディアに対し、「米国が作戦に参加する可能性がある」と主張し、トランプ大統領が最近、ネタニヤフ首相との会談で、「必要に応じてそうする可能性を示唆した」と述べています。
トランプ大統領は14日に、「チャンネル12」のインタビューに答えて、「イランが核兵器を獲得することを防ぐために必要と判断された場合、米国はイランの地下核施設フォルドゥを攻撃する可能性を検討する」と述べました。
米国は現在中東地域に、弾道ミサイルを撃墜する能力を有する地上配備型パトリオットミサイル防衛システムと終末高高度航空防衛システム(THAAD)を配備。地中海東部で活動中の米海軍の駆逐艦が、イスラエルへ向かうイランのミサイルを撃墜しています。
報道によれば、米国防総省は、今後のイランからの攻撃への対応として、艦船を含む軍事資源を中東へ再配置しています。米海軍は、弾道ミサイル防衛能力を有する駆逐艦「トーマス・ハドナー」に対し、地中海西部から地中海東部へ向けて出航を開始するよう命じました。また、ホワイトハウスから要請があった場合に備え、別の駆逐艦に対し前進を開始するよう命じたと報じられています。
イスラエルは、「イランの核の脅威の除去」を目標に掲げており、この目標を達成する過程で、イランの現体制を支えるあらゆるインフラを破壊し、現体制の存続を脅かすほど攻撃をエスカレートさせていくことになるでしょう。イスラエルはおそらく、第2段階、第3段階、第4段階と攻撃をエスカレートさせる計画を準備しているはずです。
トランプ大統領は13日の朝にSNSに投稿して、イスラエルの攻撃がさらに激化する前に核合意に応じるようにイランに呼びかけました。「状況はさらに悪化する!既に大きな死と破壊が発生しているが、まだ時間がある。次の攻撃はさらに残虐なものとなる予定だが、この虐殺を終わらせることは可能だ。イランは、何も残らない前に合意を結ぶ必要がある」。
トランプ氏は、「さらに残虐なものとなる予定」の次の攻撃についてもイスラエルから知らされているのでしょう。イスラエルは、イランに「何も残らなくなる」ようになるまでエスカレートさせる攻撃計画をすでに用意していると考えた方がよい、と筆者は考えています。
当然イランは、生存をかけてあらゆる反撃をする可能性があり、今後中東情勢はさらに危険になっていくでしょう。
繰り返しますが、イランの核の脅威をイスラエルが単独で排除することは困難であり、最終的には米国がこの戦争に巻き込まれていく可能性が高い、と筆者は予想しています。今回始めた戦争を、イスラエルは中途半端にやめることはできないはずです。なぜなら、イランの核能力を残したまま戦争をやめれば、その後イランが核武装の道に邁進することになるからです。
イスラエルは、まさに一線を越えた戦いを始めてしまっており、この戦争の結末も中途半端な形で終わるとは考えにくいのです。今回のイスラエルによるイラン攻撃は、イランの将来と、中東の将来を大きく変えてしまう可能性のある大事件であることを、私たちは認識すべきでしょう。
世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。
菅原 出
OASIS学校長(President)