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米中首脳会談の「一年休戦」:表面的な和解の裏に潜む長期戦略

トランプ 中国 学校長 韓国 飛耳長目 Nov 07, 2025
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

目次

10月30日、韓国・釜山で歴史的な会談が行われました。米国のトランプ大統領と中国の習近平国家主席が約90分間にわたって直接対話し、激化していた貿易戦争を一時休戦させることで合意したのです。

トランプ大統領は会談後、「10点満点だとするとこの会談は12点だった」と大成功をアピール。中国側も「重要な経済・貿易問題の解決で意見が一致した」と発表しました。

世界のGDP(国内総生産)の約40%を占める二大経済大国が、対立から協調へと舵を切ったように見えます。しかし、この「一年休戦」の裏には、両国のどのような思惑が隠されているのでしょうか。そして、この合意は日本や東アジアの安全保障にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

1.合意内容の全体像:互いの譲歩

まず、今回の合意で何が決まったのか、主要なポイントを見ていきましょう。

[アメリカ側の譲歩]

関税の引き下げ:中国から輸入される製品にかけていた関税を引き下げます。特にフェンタニル(合成麻薬)関連の中国製品への20%の関税を10%に半減。これにより、中国からの輸入品に対する総合関税率は57%から約47%に低下します。まだ高い水準ですが、トランプ氏が脅していた100%関税という「最悪のシナリオ」は回避されました。

半導体規制の凍結:半導体製造装置などを購入できる企業のブラックリスト拡大を1年間凍結することに合意。このブラックリストが拡大されれば、数千社の中国企業が米国の技術を購入できなくなるはずでした。

港湾使用料の凍結:中国建造・所有の船舶に課す新たな港湾使用料を1年間凍結。この使用料は10月に発効したばかりで、貨物輸送に大きな混乱をもたらしていました。

[中国側の譲歩]

報復関税の停止:3月以降に発表した報復関税をすべて停止することに合意。これには米国産の鶏肉、小麦、トウモロコシ、大豆、豚肉、牛肉などへの関税が含まれており、米国の農家にとっては朗報です。

希土類規制の停止:10月9日に発表したばかりの希土類鉱物と磁石の輸出規制を1年間停止。さらに米国向けに希土類、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン、グラファイトの輸出一般許可を発行します。

大豆の大量購入:2025年の残り2ヶ月で少なくとも1,200万トン、その後3年間は毎年少なくとも2,500万トンの米国産大豆を購入することを約束。

非関税障壁の撤廃:米国企業を対象とした独占禁止法調査の終了、ブラックリストからの削除などを実施。

今回の合意で最も注目すべきは、希土類(レアアース)問題です。希土類とは、17種類の特殊な金属元素の総称で、スマートフォン、電気自動車、航空機、そして最先端の軍事兵器に不可欠な素材です。F-35戦闘機には約417キログラム、原子力潜水艦には約4トンの希土類が使われています。

問題は、中国がこの分野で圧倒的な支配力を持っているということです。世界の希土類生産の約70%、精錬・加工では90%以上を中国が占めています。

中国は10月9日、希土類鉱物と磁石の輸出規制を発表していました。これは事実上、「言うことを聞かないなら、希土類を売らないぞ」という脅しでした。もしこの規制が実施されていたら、米国の製造業や軍需産業は深刻な打撃を受けていたはずです。

今回の合意で、中国はこの規制を1年間停止することに同意しました。トランプ氏はNBCニュースのインタビューで、「レアアースの脅威は完全に消えた」と勝利宣言をしています。

2.トランプの計算:「関税外交」の成功?

トランプ大統領は今回の合意を、自身の交渉術の勝利として誇示しています。NBCニュースとのインタビューで、トランプ氏は関税の重要性を繰り返し強調しました。

「関税は驚くべきものだ。なぜなら、それは我々に真に強力な国家安全保障をもたらすからだ」
「100%の関税を課すと言った途端、中国は交渉に応じた。そして、我々は望んでいた多くのものを手に入れたのだ」

トランプ氏の論理はこうです。高い関税をかける(または、かけると脅す)ことで、中国を交渉のテーブルにつかせ、譲歩を引き出すことができる。しかも、高い関税率を維持することで、米国政府には莫大な関税収入が入る。現在でも中国に対して約50%の関税を課しており、「数千億ドルを徴収することになる」と満足げに語っています。

さらに、希土類問題についても、トランプ氏は心配になるほど楽観的です。「短期間のうちに、我々は自給自足に必要な全てを手に入れる。緊急計画を実施しており、今から1年半以内に必要なものは全て揃うだろう」。

しかし、専門家の間では懐疑的な見方が支配的です。希土類の採掘、精錬、加工には特殊な条件と経験が必要であり、中国が数十年かけて築いた優位性を、1年半で追いつくのは現実的ではありません。

3.習近平の長期戦略:「時間を買う」

表面的には中国が大きく譲歩したように見えますが、習近平国家主席には長期的な戦略があると考えられます。

この会談の直前、10月20日から23日にかけて、北京で中国共産党の重要会議(四中全会)が開催されました。ここで議論されたのは、2026年から2030年にかけての第15次五カ年計画でした。

この計画の焦点は「自給自足」と「先進的製造業」にあります。つまり、中国は今後5年間で、米国に依存せずに技術開発を進めることを目指しています。会議のコミュニケは、中国が「不確実性と予測不能な要素が増大している」段階にあると警告しています。これは明らかに、米国との対立を念頭に置いた表現です。

中国にとって、今回の合意は「時間を買う」ための戦略的な譲歩だと考えられます。中国は2015年に「中国製造2025」という10年計画を発表しました。これは、中国の製造業を労働集約型から技術主導型へと転換させる野心的な計画でした。エコノミスト誌やブルームバーグの分析によれば、10年以上にわたる米国による中国封じ込め政策は、習近平氏と中国共産党を弱体化させるどころか、むしろ強化してきたといいます。

中国は今や、電気自動車、太陽光パネル、5G通信など、多くの先端技術分野で世界をリードする立場にあります。

今回の1年間の「休戦」は、中国にとって、さらなる技術開発を進めるための貴重な時間となり得ます。習近平氏は、2035年までに中国を「社会主義現代化国家」にし、2049年(建国100周年)までに真の大国にするという壮大な計画を掲げています。経済成長が鈍化している中、この目標を達成するためにも、当面の間は米国との安定的な関係を必要としているのです。

今回の会談で注目すべきは、台湾問題がほとんど議題に上らなかったことです。トランプ氏はこう述べています。

「この件は話題にすら上らなかった。彼(習近平氏)が持ち出さなかったのだ。理解しているからだ。彼らは(もし中国が台湾に侵攻した場合)何が起こるか理解している。彼は公の場で、また彼の側近たちも会合で公言している。『トランプ大統領が在任中は決して何もしない』と」。

一見、トランプ氏の強硬姿勢が中国を抑止しているように聞こえます。しかし、この発言からは、台湾問題について水面下で何らかの「理解」が成立していることが窺えます。

習近平氏の戦略は、米中首脳が頻繁に会談する関係を築くことで、米国と台湾の距離を少しずつ引き離すことではないか、と考えられます。トランプ氏は会談後、「中国とは今後、毎年、交渉する。私は4月に中国へ行く予定だ。その後、習主席はこちらに来ることになるだろう」と述べています。

米中首脳が頻繁に会談する関係が定着すれば、米国は台湾問題で強硬な立場を取りにくくなる可能性があります。良好な米中関係が経済界の支持を集めることになれば、トランプ氏は米国内の対中強硬派を「煙たがる」ようになるかもしれません。

4.「管理された競争」という新しい関係

習近平氏は会談の冒頭で、こう述べました。「世界を代表する二大経済大国が摩擦を抱えているのは、正常なことだ。中国の発展と振興は、トランプ大統領が実現しようとする『米国を再び偉大にする』ということと矛盾しない。中国と米国は互いに成功し、共に繁栄することができる」。

この発言は、単なる外交辞令ではありません。中国は、首脳レベルでの定期的な対話を通じて、問題をエスカレーションさせないメカニズムを構築しようとしているのです。ベッセント米財務長官は、「中国は、トランプ大統領の就任を、相互尊重という観点から両国関係をリセットするチャンスと捉えている」と語りました。

米中関係は、全面的な対立でもなく、完全な協調でもない、「管理された競争」という第三の関係へと移行しつつあるのかもしれません。

この「管理された競争」モデルでは、両国は経済・技術・軍事の各分野で競争を続けますが、定期的な首脳会談と高官協議を通じて、競争が制御不能にならないよう管理します。これは、冷戦時代の米ソ関係とも、冷戦後の米中蜜月時代とも異なる、新しい大国関係のモデルです。

この「毎年交渉する」関係は、中国にとって戦略的に有利に働く可能性があります。

第一に、中国は希土類の支配を維持しています。1年や2年で米国がこの分野で対抗することは困難です。つまり、米国は毎年、中国と交渉せざるを得ない立場に置かれます。これは中国にとって、継続的な交渉カードを保持することを意味します。

第二に、米中首脳が頻繁に会談する関係が定着すれば、米国の対中強硬派の発言力が弱まる可能性があります。トランプ氏が習近平氏と「良好な関係」を強調すればするほど、タカ派の議員や政策立案者の影響力は低下するでしょう。

第三に、経済界は安定した米中関係を歓迎します。貿易戦争は企業にとってコストが高く、不確実性をもたらします。今回の合意により、少なくとも向こう1年間、企業は中国との取引を安定的に続けることができます。そして経済界は、そうした関係の維持をトランプ政権に求めるでしょう。

今回の合意は画期的ではありますが、いくつかの重要な限界と課題を抱えています。

期限付きの合意
最も重要な点は、この合意が1年間という期限付きであることです。つまり、2026年には再び交渉が必要になります。これは、米中関係が根本的に解決されたわけではなく、単に問題が先送りされただけとも言えます。

トランプ氏自身が「中国とは今後、毎年、交渉する」と述べているように、この関係は継続的な交渉と調整を必要とします。毎年交渉するということは、毎年緊張が高まる可能性があるということでもあります。

希土類支配の継続
中国は希土類輸出規制を1年間停止しましたが、希土類市場における中国の支配的地位そのものは変わっていません。中国は依然として世界の希土類生産の約70%を占めており、精錬・加工技術でも圧倒的な優位性を保っています。

トランプ氏は「1年半以内に自給自足できる」と主張していますが、これは極めて楽観的な見通しです。つまり、米国は来年も、その次の年も、中国と交渉せざるを得ない立場に置かれます。

構造的対立の継続
関税が引き下げられたとはいえ、米国は依然として中国製品に約47%という高い関税を課しています。これは、米中の経済関係が正常化したわけではなく、構造的な対立が継続していることを示しています。

さらに、半導体、AI、量子コンピューティングなどの先端技術分野における競争は、今後も激化することが予想されます。今回の合意では、これらの分野における競争のルールや制限について、具体的な合意はなされていません。

中国の長期戦略の成功

より広い視野で見れば、中国の長期戦略は着実に成果を上げていると言えるかもしれません。
2015年に「中国製造2025」を発表して以来、中国は着実に技術力を向上させてきました。トランプ1.0、バイデン、そしてトランプ2.0と、三つの政権にわたる封じ込め政策にもかかわらず、中国は多くの分野で世界トップレベルに到達しています。

今回の1年間の休戦は、中国にとってさらなる時間を稼ぐ機会となり得ます。2035年までの「社会主義現代化」、2049年までの「偉大な復興」という長期目標に向けて、中国は前進し続けることができるでしょう。

米国が短期的な「勝利」を求めて交渉するのに対し、中国は長期的な優位性確保を目指しているように思われます。この時間軸の違いが、最終的にどのような結果をもたらすかは、今後の展開を見守る必要があります。

 

世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。

OASIS学校長(President) 菅原 出