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カタール空爆が生んだ逆説の和平:イスラエルの暴走が停戦への道を開く

イスラエル ハマス 学校長 飛耳長目 Oct 15, 2025
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

目次

ガザ戦争が終結に向けて重要な一歩を踏み出したようです。なんとハマスが人質全員を解放しました。「モメンタム」という勢いや推進力を指す言葉がありますが、トランプ大統領が9月29日に停戦案を発表して以降のガザ和平の動きは、まさに「モメンタム」という表現が相応しい「勢い」を持って中東情勢を動かし始めています。

1.驚異的なスピードで進んだ交渉

10月3日、トランプ提案についてハマスは「条件次第で同意」すると発表、人質全員の解放要求に応じる姿勢を示しました。これを受けてイスラエルは4日、ガザ市での地上作戦を一時停止し、ハマスとの間接交渉のために代表団をエジプトに派遣する方針を明らかにしました。

6日にはイスラエル、ハマス、カタール、トルコ、エジプトの代表団がエジプトのリゾート地シャルムエルシェイクに集まり協議が開始。トランプ政権も中東特使のスティーブ・ウィトコフ氏とジャレッド・クシュナー氏をエジプトに派遣しました。

シャルムエルシェイクでの協議が始まってから三日目の8日、イスラエルとハマスは、和平計画の第一段階である停戦と人質解放の合意に達したと発表。9日にイスラエル内閣が、同合意内容を正式に承認し、第一段階の合意がスタート。10日朝にはイスラエル軍が、停戦合意の一環としてガザ地区の一部から撤退しました。そして13日、約束通り、人質48人のうち生存している20人がハマスからイスラエルに引き渡されたのです。

9月末にトランプ大統領がガザ和平案を発表してからわずか二週間で人質の全員解放まで進んだのは驚くべき急ピッチの展開であり、二年間に及ぶ凄惨な戦争を終結に向かわせる大きな一歩を実現したことは、間違いなくトランプ政権の功績だと言えるでしょう。

停戦と人質解放という第一段階まで漕ぎ着けるうえで重要な契機となったのは、9月9日にイスラエルがカタールを空爆したことでした。このイスラエルの攻撃がアラブ諸国や周辺諸国の指導者たちを結束させ、トランプ政権を動かし、「ガザ戦争を終わらせる」という大きなうねりを作り出したと言えます。

ネタニヤフ首相がカタール攻撃という一線を越えた行動に出たことが、湾岸アラブ諸国とトランプ政権高官の危機感を共有させることにつながり、この危機を戦争終結のための機会に転換させようという大きなモメンタムを生み出しました。

2.ハマスを動かした三つの要因

当初ハマスはトランプ提案に難色を示していました。ハマスの指導者ハリール・アル・ハイヤ氏が、トランプ大統領のガザ和平案を初めて目にした時の即座の反応は「拒否」だったと伝えられています。

ところが、この後のアラブ諸国の反応がそれまでとは異なっていました。米ウォールストリート・ジャーナル紙によると、エジプトとカタールはハイヤ氏に対し、この合意が戦争終結の最後の機会であることを明確に伝えました。そのうえで両国はハマスに対し、人質を拘束していることが戦略的負担となっており、イスラエルに戦争を継続させる正当性を与えていることを理解するよう迫ったといいます。

さらにトルコも加わり、「ハマスがこの計画を承認しなければ、政治的・外交的支援を全て剥奪される」と警告しました。ハマスの高官たちは長年、カタール、エジプトとトルコに拠点を持ち、その三国を往来してきたのですが、この三国が揃って「もしハマスがこの提案を拒否するのであればこれ以上ハマス政治指導部の受け入れを停止する」と脅したのです。

ハマスは、人質を解放してしまえばイスラエルの攻撃を阻止する手段を失い、直ちにイスラエル軍の総攻撃を受けることを懸念していました。そこでウィトコフ氏とクシュナー氏は、トランプ大統領がイスラエルに停戦合意を遵守させることを「保証する」とハマスを説得したようです。

トランプ大統領の「保証」の信頼性は、9月29日にトランプ氏がネタニヤフ首相に対してカタール攻撃について公式に謝罪させたこと、また10月1日にトランプ政権が、カタールに対する武力攻撃を「米国の平和と安全に対する脅威」とみなす大統領令を発表したことで強まっていました。

それに加えて、停戦と人質解放後すぐに米国が国際安定化部隊をガザに展開させることを表明したことで、ハマスは人質を全員解放することに同意したとされています。米国は、ガザ停戦を監視し、ガザ地区への人道支援、物流やその他の支援を保証する数千人規模の「国際安定化部隊」を創設し、アラブやイスラム諸国の兵士から成り立つ部隊をガザに展開させる計画を発表しました。

早くも10日には米中央軍傘下の約200人の部隊が、12日までにイスラエルに到着して、停戦監視、ガザ地区への人道支援、物流、安全保障支援の流れを組織する「調整センター」を設立することも明らかにされました。迅速に国際安定化部隊の組織化が進んでいることも、ハマスに「イスラエルから攻撃されない」安心感を与えたものと考えられます。

これまで決して同意することのなかった「人質全員解放」をハマスに同意させるうえで、それまでハマスに「ライフライン」を提供してきたカタール、エジプトとトルコが一体となってハマスに圧力をかけたこと、トランプ政権がイスラエルに停戦合意を遵守させる強い意志をいくつかの行動で示したことで、ハマスとイスラエルを「歴史的な合意」へと向かわせたのだと考えられます。

このように経緯を辿ってみると、9月9日のイスラエルによるカタール攻撃という行き過ぎた事件の発生を受けて、危機感を共有したアラブ諸国とトランプ政権が強力なタッグを組んでハマスとイスラエルに一斉に圧力をかけて、合意へと導く「モメンタム」を生み出したのだと筆者は考えています。

3.キーパーソン:ジャレッド・クシュナー氏の復帰

このモメンタムを作り出す上でのキーパーソンは、トランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏だったと考えられます。クシュナー氏はトランプ第一期政権時にアラブ諸国とイスラエルの関係正常化、いわゆる「アブラハム合意」を達成した立役者でしたが、現在はサウジアラビアやカタール、UAEからの投資を受けたプライベートエクイティ(PE)会社を経営しており、あまりに中東諸国とディープなビジネスに関わり過ぎているため、第二期トランプ政権では公式なポストにはついていません。

これまでも非公式にトランプ大統領やウィトコフ特使に助言をしてきたとされていましたが、ここに来て表舞台に出てきて、アラブ諸国やイスラエル、ハマスとの交渉に参加しています。クシュナー氏は、アラブ諸国やイスラエルの高官たちと親密な関係を保ち、なんといってもトランプ大統領の娘婿という立場は、「大統領の代理」として圧倒的な信頼感を相手に与えたはずです。

「ジャレッド・クシュナーが復帰し、ガザ合意には彼の影響が色濃く反映されている」…、10月11日に米ウォールストリート・ジャーナル紙はこのようなタイトルでクシュナー氏の役割がいかに大きかったかについて報じました。

クシュナー氏は、現在、「無給のボランティア」として、トランプ政権を代表してガザ和平交渉に参加しています。そんな通常の外交プロセスをすっ飛ばしたやり方も、トランプ政権でなければできない芸当でしょう。

トランプ米大統領は12日、中東訪問に向けワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地を出発。大統領専用機内で、イスラエルとハマスの「戦争は終わった」と述べました。同氏は13日にイスラエルを訪問し、国会で演説し、さらに同日中にエジプトのシャルムエルシェイクに移動し、ガザ和平をめぐる首脳会合で、参加する20カ国以上の首脳らに米主導の計画への支持を求めました。

和平計画の第二段階は、ハマスの武装解除や戦後のガザ統治など、より困難な協議が待ち受けており予断を許しません。ハマス指導部がたとえ「武装解除」に応じたとしても、末端の戦闘員にまでその約束を履行させることができるかどうかも疑問視されています。

しかし、米国とアラブ諸国の協力により、停戦と人質解放という偉業を達成できたことで、さらに和平へのモメンタムが強まり、恒久和平まで彼らが粘り強く交渉を続けることを期待したいと思います。

 

世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。

OASIS学校長(President) 菅原 出