プーチンの巧妙な『時間稼ぎ』で空振り必至のトランプ和平外交
Aug 23, 2025
こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。
8月15日にアラスカでトランプ大統領とプーチン大統領の首脳会談が行われ、18日にはホワイトハウスでトランプ大統領とゼレンスキー大統領及び欧州諸国首脳との会談が矢継ぎ早に開催され、ウクライナ戦争終結に向けた外交が活発に展開されています。
日本のメディアでも大きく報じられていますが、結論から言えば、ロシアとウクライナが和平合意に到達する可能性は低く、戦争は継続することになると思われます。
プーチン氏はトランプ氏との首脳会談後の声明で、「ウクライナ問題の解決を持続的で長期的なものにするためには、繰り返し述べてきたように、危機の根本的な原因をすべて取り除き、ロシアの正当な懸念がすべて考慮され、欧州と世界全体における安全保障の公正なバランスが回復される必要がある」と述べています。
プーチン氏の要求には一切ブレがなく、ロシアがウクライナに譲歩する意図はなさそうです。
1.ロシアの和平提案とウクライナの反発
報道によれば、ロシアが提案している和平案とは、ウクライナが東部ドネツクとルハンスク州から完全に撤退する見返りに、ロシアがヘルソン州とザポリージャ州の前線での戦闘を凍結するというもの。ウクライナ側は、強固に陣地を固めているドネツク州からの撤退には強く反対しており、この地域がロシアのさらなる攻撃を防ぐための戦略的要衝だと主張してきました。
ロシアは、北部スムイ州と東北部ハリコフ州で占領しているウクライナ領土の比較的小さな地域を返還する用意があるとの情報も出ています。ロシアはスムイ州とハリコフ州に合計約440平方キロメートルの地域を支配しています。ロシアはここを返還するとしているのですが、ウクライナは現在、ドネツク州とルハンスク州からなるドンバス地域で約6600平方キロメートルを支配しており、プーチン氏はここからのウクライナ軍の撤退を要求しています。単純に領土の面積で比較してもウクライナにとって受け入れは困難でしょう。さらにロシアは、少なくともクリミアのロシアの主権の正式な承認を求めています。
たとえプーチン大統領とゼレンスキー大統領が直接会談したとしても、ゼレンスキー氏がこのロシアの要求に応じるはずはありません。これらの要求を飲むのは、ウクライナが軍事的に敗北して全面的にロシアに降伏した場合だけだと考えられます。
2.安全の保証をめぐる複雑な駆け引き
「和平」後のウクライナに対する安全の保証についても、様々な議論がなされています。ウクライナは、当然、戦争終結後にロシアによる新たな侵攻を防止(抑止)するため、同盟国から何らかの安全の保証措置が必要だと主張してきました。
トランプ大統領が、米国もウクライナの安全の保証に関与すると述べたことで、ウクライナ及び欧州側は歓迎していますが、西側諸国がウクライナへの安全を保証することにロシアが同意するとは考えにくいです。
トランプ大統領は、プーチン大統領が、ウクライナへの安全の保証のために、欧州軍部隊の展開を、ウクライナがNATOに加盟せず地上部隊がNATOによって組織されない限り、容認する可能性があることを示唆しました。
トランプ氏との首脳会談で、プーチン氏は柔軟な姿勢を示したとされていますが、トランプ氏を怒らせないためのリップサービスだと思われます。「安全の保証」と言っても、口先で「柔軟」な姿勢を見せようと、具体的に細部を詰めて合意させなければ何の意味もありません。「言った、言わない」で終わってしまうレベルの話だと思われます。
プーチン氏はプロで、トランプ氏はアマチュアなので、トランプ氏が喜ぶ程度のリップサービスをして時間を稼ぐことくらい、プーチン氏にとって朝飯前でしょう。
3.ロシアの真の戦略と時間稼ぎ
ロシアはこれまでに何度もこの種の提案を明確に拒否してきました。実際にロシア外務省は18日、ウクライナ国内に「NATO加盟国が参加する軍事部隊」の展開の可能性を「断固として拒否する」と表明しています。
さらにロシアのラブロフ外相は20日、ウクライナ和平実現に向けて米欧が検討するウクライナへの「安全の保証」提供について、「ロシアや中国も参加するべきだ」との考えを表明。国連安全保障理事会の常任理事国である米国、英国、フランス、ロシア、中国が参加する案が「良い事例」だと述べたのです。当然、ウクライナが、侵略当事国ロシアの関与に反発するのは確実です。
ラブロフ外相は19日にも、米国が調整するプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の首脳会談について、「首脳が関与するあらゆる接触は綿密に準備する必要がある」との考えを強調し、いきなり首脳同士が会談するのではなく、事前に事務レベルでの調整が必要だと主張しています。ロシアは首脳会談の早期開催を回避することを狙っているのでしょう。
4.トランプ外交の限界と今後の展望
膠着状況になり、トランプ氏の不満が溜まってきたら、ロシアとすればまたプーチン大統領が出て行ってトランプ氏と首脳会談をやり、「ガス抜き」をすれば良いのです。ウクライナ問題以外の米露協力については前向きな検討がなされていますし、首脳同士の個人的な関係が良好であれば、トランプ政権は決定的にロシアとの関係を悪化させることはない、とロシアは考えているのでしょう。
その辺りの「ドナルド・トランプの取説」については、第一期政権時の経験から、プーチン氏は北朝鮮の金正恩氏から学んでいるのではないでしょうか。
ウクライナ戦争の終結に尽力していることには敬意を表しますが、功を焦り、戦略なく取引を求めるトランプ氏のスタイルで解決できるほど、国際政治は甘くありません。残念ながらロシアとウクライナが和平合意に到達する可能性は低く、戦争は継続する、と筆者は考えています。
世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。
OASIS学校長(President) 菅原 出
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