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米国とイランは核協議を再開させることができるか?

アメリカ イスラエル イラン 学校長 飛耳長目 Jul 15, 2025
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

目次

1.戦争後初の米・イスラエル対面首脳会談

2025年7月7~8日にトランプ米大統領は、ホワイトハウスでイスラエルのネタニヤフ首相と会談しました。イスラエルとイランのいわゆる「12日間戦争」とその停戦が発効して以来、初めての対面での会談でした。

会談後トランプ大統領とネタニヤフ首相は、イランの核施設に対する空爆の成功を称賛し、核爆弾の取得を目的としたプログラムに打撃を与えたと宣言ました。トランプ大統領は、「米国によるイランへの空爆がこれ以上行われないことを希望している」と記者団に述べましたが、ネタニヤフ首相は、“イランが核兵器開発への動きを再開した場合、イスラエルが追加の軍事攻撃を実施する”ことを伝えたと報じられています。それに対してトランプ氏は、イランとの外交的解決を支持すると主張したものの、イスラエルの計画には「反対しなかった」と米メディアは報じています。

米・イスラエルによるイランへの再攻撃はあるのでしょうか?

結論から言えば、トランプ大統領は、当面、”イラン核プログラムの完全解体”を求めるイスラエルを抑え、イランとの核協議再開、すなわち外交路線を優先させると思います。ただし、核協議がうまくいかないなど外交路線が行き詰る、もしくはイランが核開発を再開させて脅威度を高めた場合、イスラエルにイラン再攻撃の口実を与えてしまい、「戦争フェーズ」に戻ってしまう可能性は残されています。

2.地下に埋もれるイランの核燃料

ネタニヤフ氏は「イランが核兵器開発への動きを再開した場合」、軍事行動をとるとしたものの、当面のイランの核の脅威は低下しており、イスラエルが「脅威」と考えるような行動をイランが再開する(できるようになる)のは、しばらく先になると考えられます。

米ニューヨーク・タイムズ紙が報じたところによると、「12日間戦争」が終わって2週間以上が経過するなか、イスラエル、米国を始め各国の専門家たちは、ナタンズとフォルドゥで稼働中だった遠心分離機約1万8000基が損傷または破壊され、おそらく修復不能な状態にあるという点でコンセンサスが出来ている、と報じています。

7月9日に行われた記者団向けのブリーフィングで、イスラエル政府高官は、60%の濃縮ウランの貯蔵庫の一部が攻撃を生き延びた可能性があると指摘しました。日本のメディアの多くはこの点だけを報じましたが、イスラエル政府高官はこの点について「懸念していない」と述べています。なぜなら、もしイランがこれらの高濃縮ウランを回収しようと試みれば、ほぼ確実に察知できるからだ、とイスラエル政府高官は説明しています。つまり、そうした兆候が見られれば、再び施設を攻撃する時間的余裕があるからだということです。

イスラエル政府高官は、イランが高濃縮ウランを米軍による攻撃前にどこかに移送したという点について、「どこにも移送されておらず地中に埋もれたまま」の状態にあるとの見方を強めています。これはトランプ大統領が主張していたことと合致しています。米国のインテリジェンス当局者もこのイスラエルの分析に同意しており、イランのイスファハーンにある核研究所の瓦礫の下に貯蔵庫の大部分が埋もれている可能性があり、他の施設でも同様の事態が起きていることを認めているそうです。

また、イランがこの埋もれた濃縮ウランを回収しようとした場合、米国またはイスラエルがそれを確実に察知できるため、そのような動きがあれば、間違いなくイスラエルの新たな空爆攻撃を招くことになる、と同当局者は警告しました。

7月9日に公開された衛星画像によると、イラン政府関係者がイスファハーンの核技術センター(ENTC)やナタンズ濃縮複合施設へのアクセスを試みる目立った動きは確認されていないとのことです。アクセス不能の状態は、イラン当局がENTCとナタンズの地下施設における損害の程度を正確に評価できていないことを意味しています。

米国のシンクタンク「科学と国際安全保障研究所」は、米国及びイスラエルの爆撃で、現場では放射性物質と化学物質が拡散したため、ENTCの地上施設(破壊されたウラン転換施設とウラン金属製造工場を収容する施設)の再建を開始するには時間がかかると報告しています。放射性物質等の拡散により、イランは危険物処理チーム(HAZMATチーム)を派遣する必要があり、その後、大規模な再建工事を開始する前に、瓦礫の撤去が必要となります。

福島原発の例を挙げるまでもなく、こうした作業は簡単なものではなく、HAZMATの任務やその支援と瓦礫撤去だけでも「長期かつ複雑なプロセス」であり、イランがこうした作業を完了させるまでに「相当の時間を要する」と同研究所は分析しています。

さらにイスラエルは、イランが秘密裏に核開発を再開する可能性のある場所に関する情報もすでに入手しており、それらの場所も監視しているが、懸念されるような動きは見られないとのこと。

イランはこのように米国やイスラエルの監視下に置かれており、秘密裏に核開発を再開させるのは容易ではない、と考えられます。

3.イランの対米メディア・キャンペーン

こうした状況を受けて、イラン国内では米国との交渉に積極的な穏健派と対米交渉を拒否して核開発再開を目指す強硬派の綱引きが展開されていると伝えられていますが、当面、ペゼシュキアン大統領が率いる穏健派が対米交渉を開始することに最高指導者ハメネイ師によるゴーサインが出されたようです。

ここのところ、ペゼシュキアン大統領とアラグチ外相が、欧米メディアを通じて“米国とイスラエルを区別するキャンペーン”を展開しており、トランプ政権との交渉による解決が可能だ、と強調するメディア工作を仕掛けています。

7日にトランプ大統領は、「いずれイランに対する制裁を解除したい」と発言したのですが、同日イランのペゼシュキアン大統領は、米保守系メディア『ザ・タッカー・カールソン・ショー』に出演して、米国との関係や対米交渉についてかなり踏み込んだ発言を行いました。

「平和と引き換えに核開発プログラムを放棄するつもりはありますか?」とのカールソンの質問に対してペゼシュキアン大統領は、「私たちは過去にも現在にも未来にも、核兵器の開発を追求したことはありません。なぜなら、これはイラン・イスラム共和国最高指導者であるハメネイ師の宗教的命令(ファトワ)に反するからです」と主張し、そもそもイランは核兵器開発を試みていないと説明。

また、「イランが外交を再開する用意はありますか?また、あるとすれば、具体的な条件として、どのような合意を受け入れる用意があるのですか」との質問に対して、同大統領は、「米国との間の違いや対立を、対話と交渉を通じて非常に容易に解決できると信じています。そして、国際法が、すべての国家、特にイランの国民の権利が尊重される合意の枠組みや基盤になるべきです」と述べたのです。

「残念ながら、これらの外交努力を破壊したのはネタニヤフです。私たちは常に、国際法に明記された私たちの正当な権利の尊重を超えるものを求めたことはないのです」とペゼシュキアン大統領は付け加えました。

ウラン濃縮は国際法で認められた権利であり、その権利さえ尊重してもらえれば交渉による決着は容易だ、とペゼシュキアン氏は述べています。

「私たちは交渉再開に問題はないと考えています。しかしその前に、シオニスト政権、すなわちイスラエルによる残虐行為が、我が国だけでなく地域全体に対して行われたため、現在私たちは危機に直面しています。国民が直面しているこの危機を乗り越える必要があることを、改めて指摘しなければなりません。

交渉再開のための前提条件は当然あります。私たちは再び米国を信頼することができるのでしょうか?交渉に復帰したとしても、交渉の途中でイスラエルが再び私たちを攻撃する許可を与えられないということを、どのようにして確信することができるのでしょうか?」

ペゼシュキアン大統領はこのように指摘して、この点がクリアになるのであれば、いつでも交渉を再開させる用意があることを強調しました。

カールソンが、「米国との外交交渉が終わり、米企業が再びイランに投資し、制裁が解除され、地域に平和が訪れる世界が想像できますか?それがあなたの目標ですか?そして、それは可能だと思いますか?」と質問したことに対し、ペゼシュキアン大統領は次のように述べています。

「私の政権の最初から、私はまず国内の団結を築くことを優先させました。さらにイラン国民の間でより深い団結を促進し、その後イランの隣国との関係を改善し、より良い関係を築く努力を重ねました。そしてそのうえで私は、イランの最高指導者であるハメネイ師と会談を行いましたが、その際に最高指導者は、米国の投資家がイランに投資を行うことを妨げるいかなる制限も存在しないことを強調されました。過去にもそのような制限は一切存在しなかったのです。これがイランの最高指導者の信念です。

この地域でそのようなことが起こることを望んでいないのはイスラエルなのです。イスラエルは、この地域に平和と安定が訪れることを望んでいません。しかし米合衆国大統領のトランプ氏は、この地域を平和と明るい未来へと導き、イスラエルをその適切な位置に置くか、あるいは終わりのない泥沼に陥れる能力を有しています。そして、その戦争に米国や米大統領を引きずり込みたいのが、ネタニヤフなのです。」

ペゼシュキアン大統領は最後に、「米国大統領は、さらなる戦争は中東の不安定化をさらに拡大させるだけであることを理解して欲しい。そして、その方向へ進むことは、米国大統領や米国政府の利益にならず、その利益に反するものです。彼らは代わりに、平和と安定を選択する必要があり、これこそ、私と私の政府、そして私の国が目指しているものです。

私は米国大統領がイスラエルやネタニヤフを適切な位置に置き、戦争を煽る行為や流血や紛争を、平和と安定に置き換えるだけの力があると信じています」という言葉で締めくくったのです。

ペゼシュキアン大統領は、米国内のMAGA派が、「イスラエルに中東の戦争に引き込まれる」ことを懸念していることを理解したうえで、トランプ大統領がイスラエルの誘いに乗って再びイラン攻撃を行い、地域を不安定化に追い込むことのないように呼び掛けているのです。それは「米国の国益に反するもの」であり、トランプ大統領であればネタニヤフを「適切な位置に置き」、「この地域を平和と明るい未来」へと導くことができると述べて、トランプ氏にラブコールを送っているのです。

米国があれだけの攻撃をしたにもかかわらず、イランは「米国が交渉中は軍事攻撃を自制するとの確約」をすれば交渉を再開すると述べています。こうしたメディアを通じた発表と並行して、様々なチャンネルを通じてトランプ政権に対して協議再開を働きかけているものと思われます。

ペゼシュキアン大統領の元選挙キャンペーン顧問で、テヘランの改革派ニュースサイトのディレクターを務めるアリャスガル・シャフィエアン氏は、「ペゼシュキアン氏が、イランの権力中枢内で外交を推進するためのコンセンサスを築いた」と述べ、現在の局面は米国との交渉における「黄金の機会」であると指摘しています。「イランには交渉する意思がある」と彼は断言しています。

イランは、自国の主権を守りながら、米国との協議再開まで持っていけるのかどうか、トランプ大統領がイスラエルの反対にもかかわらず、再びイランとの協議を再開させることができるのか、今後も注意深く追っていきたいと思います。

 

世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。

菅原 出
OASIS学校長(President) 


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