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国際テロ情報ファイル(2):2015年6月26日「チュニジア、クウェート、フランス、ソマリアの4カ国同時テロ」

クウェート ソマリア チュニジア テロ フランス 国際テロ情報ファイル Mar 22, 2024
連載コラム|国際テロ情報ファイル

オンラインアカデミーOASIS学校長で国際政治アナリストの菅原出が、過去に発生した重要なテロ事案を取り上げて解説する新シリーズ『国際テロ情報ファイル』をお届けします。

第2回目は、ラマダン期間だった2015年6月26日にチュニジア、クウェート、フランスとソマリアの4カ国でほぼ同時に発生したテロ事件を取り上げます。

目次

  1. 1. IS建国一周年と重なった2015年のラマダン
  2. 2. 相次ぐ大規模テロ事件発生で非常事態を宣言したチュニジア
  3. 3. アルカイダからISへのテロの系譜
  4. 4. 繰り返されたスースでのテロ
  5. 5. クウェート史上最悪のテロが発生
  6. 6. フランスで発生した「一匹狼型」テロ
  7. 7. 引き続きラマダン期間中のテロに注意

1. IS建国一周年と重なった2015年のラマダン

2015年の6月中旬から始まったイスラム教のラマダン(断食月)は、世界中でテロのリスクが高まる危険な期間になる、とテロ専門家たちが警戒していた。過激派イスラム国(IS)は、2014年6月29日に「カリフ国家」の樹立を宣言していたので、それからちょうど一年目にあたる2015年6月29日を大々的に祝うために、自分たちの勢力が拡大していることをアピールすることが予想された。

そのため、このラマダン期にISが世界中で同時多発的にテロを起こすことが想定されていた。そして、実際この年の6月29日の前後には、各地で派手なテロが発生した。当然各国の治安機関も警戒態勢を強化していたにもかかわらず、テロが起きてしまったことになる。

ここでは6月26日にチュニジア、クウェート、フランス、ソマリアの4カ国で同時多発的に発生したテロについて取り上げる。報道によればこれら4つのテロで少なくとも計96名の犠牲者が出たという。その中で一番多くの被害が発生したのが、チュニジア中部スースのホテルで起きた襲撃テロだった。

2. 相次ぐ大規模テロ事件発生で非常事態を宣言したチュニジア

チュニジアの首都チュニスの南約140キロに位置する同国第三の都市スースは、「サヘルの真珠」とも呼ばれる美しい町で、毎年世界中から数多くの観光客が訪れる有名な観光地である。その美しいビーチ沿いにある5つ星の豪華ホテルの一つに、自動小銃カラシニコフと手榴弾で武装した23歳の若いテロリスト、セイフッディン・レズギ容疑者が侵入し、38名の観光客を殺害した。

(photo: Wikimedia Commons)

レズギ容疑者は6月26日金曜日の午前11時30分頃、ジェット・スキーもしくは高速ボートでホテルRiuインペリアル・マルハバのビーチに到着すると、ビーチでくつろいでいた観光客に向けてカラシニコフを乱射し始めた。無防備の観光客を殺害した後、プールエリアを経由してホテル内に侵入し、ロビーに少なくとも手榴弾を一個投げ込んだとされている。

彼はホテルの2階くらいまで侵入して20分以上乱射したようだが、ホテル襲撃を終えると再びビーチに戻り、海岸沿いに隣のRiu Bellevue Parkホテル側を進んでいたところで、駆けつけたチュニジア警察と銃撃戦の末、射殺された。事件後、ホテルの従業員が携帯で録画した動画が報道機関で放映されたが、ホテルの混乱した様子や警官隊との激しい銃撃戦の様子が映されていた。

レズギ容疑者はカラシニコフ一丁と弾倉4つを持って襲撃しており、弾丸120発を全て撃ち尽くしていたという。目撃者の証言によると、彼は欧米人の観光客をターゲットとしており、チュニジア人のホテルスタッフに攻撃を加えようとはしなかったという。カラシニコフを上空に撃ち、チュニジア人スタッフ対して、「走って逃げろ、俺はお前たちを殺しに来たのではない」と叫んだという。2013年1月のアルジェリア・イナメナスでのテロでも、犯人グループは「俺たちは外国人だけを探している」と言って侵入してきたのを思い出す。

チュニジアでは、首都チュニスで同年3月に国立バルドー博物館が襲撃され、日本人3名を含む22人が殺害されるテロ事件が起きたばかり。外国人観光客を狙った大規模テロが続発したことを受けて、同国のカイドセブシ大統領は7月4日、非常事態宣言を発令した。

3. アルカイダからISへのテロの系譜

事件発生後、ISはこの事件の犯行声明を発表、ボルドー博物館襲撃テロに続き、ISの影響によるテロがチュニジアで発生したのだった。レズギ容疑者はチュニジア治安機関の要警戒者リストには載っていなかったが、同容疑者の大学時代からの知人等の証言によれば、同容疑者は大学時代からイスラム過激主義に染まり、公然とISを支持していたという。レズギ容疑者は、チュニジアの過激派組織アンサール・アルシャリーアの創設者であるサイファラ・ベン・ハッサンの影響を受け、同氏の運営する過激派ネットワークに加わっていたと見られている。

このベン・ハッサンというチュニジア人イスラム過激派の経歴を追っていくと、今回の事件を起こしたテロリストが、アルカイダ以来連綿と続くイスラム過激主義の流れの延長線上に位置することが分かる。

ベン・ハッサンは90年代にロンドンに滞在し、ロンドンを拠点とする過激派アブ・カタダの熱烈な支持者となり、主にチュニジア人を集めた「チュニジア人戦闘グループ(TSG)」を組織した人物である。ベン・ハッサンはその後アフガニスタンでアルカイダに加わり、オサマ・ビン・ラディンの10人の側近の一人になったと言われている。

2001年のアフガニスタン戦争の際、米軍の対アルカイダ攻撃をビン・ラディンと共に生き残り、パキスタンに逃亡し、後にトルコに渡り、同国で治安機関に逮捕された筋金入りのイスラム過激派である。

その後ベン・ハッサンはトルコから2003年にベン・アリ前大統領下のチュニジア政府に引き渡されたが、2011年にベン・アリ前大統領が「アラブの春」で追い落とされると、「政治犯」に対する恩赦により刑務所から出され、アンサール・アルシャリーアを創設した。ベン・ハッサンは、「アラブの春」の恩恵を受けて活動を活発化させた過激派の一人だったのである。

ベン・ハッサンは2013年頃からリビアで軍事訓練キャンプを運営し、多くの過激派の育成を手掛けた。3月に首都チュニスの国立バルドー博物館を襲撃した2名のテロ実行犯はこのハッサンのキャンプで訓練を受け、同時期に今回のテロを実行したレズギ容疑者もここで軍事訓練を受けたことがわかっている。

かつてのアルカイダの重鎮が「アラブの春」に乗じて活動を再開し、混乱の続くリビアで過激派を育成する軍事訓練キャンプを運営。そのチュニジア人の「教え子」たちがISの呼びかけに応じてテロを行ったわけである。

2001年の911テロからアフガン戦争、イラク戦争、「アラブの春」を通じてISの台頭に至るイスラム過激テロの系譜を、今回のチュニジアのテロを通して辿ることが出来るのだ。

4. 繰り返されたスースでのテロ

チュニジアのスースで、テロが起きたのは今回が初めてではなかった。実は今回のビーチの近くで2013年10月にチュニス出身の22歳の若者が自爆テロを試みたものの、誤って自爆装置を起動させ、テロ犯本人だけが死ぬというテロ未遂事件が起きていた。

2015年の3月にも国立バルドー博物館でテロが発生したことから、同国での新たなテロを警戒する声はあった。

外国人観光客の訪問者数の統計をみてみると、「アラブの春」以来、欧州、とりわけイタリアとドイツからチュニジアへの観光客の数は激減した。両国の観光客は2009年時には年間225万人もチュニジアを訪れていたが、2014年の数字はわずか73万1千人に過ぎない。しかし同時期の英国人観光客の数は逆に増えており、2009年時の27万5千人から2014年時は40万人となっている。

3月のテロ以降、さらにイタリアとドイツからの観光客の数が減ったが、それに対してチュニジアの観光省は英国にターゲットを絞り、英国人観光客を増やすべく努力をしていたという。今回、英国人観光客の被害者が大半を占めたのは、そもそもチュニジアに渡っていた観光客の中で、英国人が多かったという事情がある。チュニジア政府による観光誘致アプローチを受けて、大手の英国観光業界がチュニジア観光に力を入れたことが、今回英国人の被害が大きかった理由の一つだと思われる。

チュニジア治安当局が、スースでの警備を緩めていたというのも、今回このホテルが狙われた背景にあるのかもしれない。ここを何度も訪れたことのある多くの観光客が、昨年時と比べてスースのビーチ周辺の警備のレベルが著しく緩和されていたことを指摘していた。

2014年時は毎日のように警察のプレゼンスがあったにもかかわらず、2015年は明らかに警備にあたる治安要員の物理的なプレゼンスが低下しており、ほとんど警察の姿が見られなかったという。その理由は定かでないが、何らかの警備計画上のミスや不備があった可能性がある。

ちなみに、今回のテロの実行犯レズギ容疑者を育てたと思われるベン・ハッサンは、2015年6月中旬に、米軍の空爆で殺害された可能性が指摘されている。米軍は混乱の続くリビアにF-15E戦闘機を送り、イナメナス・テロ事件の首謀者であるモフタル・ベルモフタールを含むイスラム過激派幹部を狙った空爆攻撃を敢行し、ベルモフタールを殺害したと発表。この空爆でベン・ハッサンも殺害された可能性が指摘されている。

もしここでベン・ハッサンが殺害されていたとすれば、その「教え子」であるレズギ容疑者を含むチュニジアの若きテロリストたちが、自分たちのボス的存在を殺害された報復として欧米人に対するテロを仕掛けた可能性も否定できない。ISの1周年に向けたテロに加え、欧米への報復という別の動機もあった可能性がある。

5. クウェート史上最悪のテロが発生

チュニジアでテロが起きたのと同じ日、クウェートの首都クウェート・シティにある同国最大のイスラム教シーア派のモスクで、金曜礼拝中に自爆テロが発生し、少なくとも27名が死亡、227人が負傷した。これまで治安が良いとされてきたクウェートの歴史上、これほど多くの犠牲者が出るテロが発生したのは初めてのことであった。

クウェート内務省は、実行犯がサウジアラビア国籍のファハド・スライマーン・アブドゥルムフシン・ガッバーウ容疑者であることを明らかにした。ガッバーウ容疑者は、サウジアラビアからバーレーンを経由して クウェート入りするまで全くチェックを受けることはなかったという。

クウェート国内で実行犯が受けた具体的な支援や爆弾の入手経路は不明だが、警察は実行犯を車で送った男と原理主義支持者の男2人を逮捕。バーレーン内務省によると、湾岸諸国の市民は域内を自由に往来できるため、実行犯もガルフ航空便で中継地のバーレーン経由でクウェート入りしていた(共同通信)という。

今回のテロに関しては、ISのサウジアラビア支部である「イスラム国のナジュド州」が犯行声明を出した。サウジアラビア政府は、ガッバーウ容疑者が過去にテロと関係した記録はなく、同政府のテロ要警戒者リストに掲載されていなかったことを明らかにしている。

クウェートからも、シリアに渡航してISに加わる若者が少なからずいることが知られていたが、今回のテロが発生したことで、同国におけるISのサポート・ネットワークが活発になっていることが改めて明らかになった。

クウェートの治安維持能力は従来から決して高いとは言えず、ISが本格的に同国でも活動を開始したことは懸念すべき事態だった。同国では米系の大手ホテルなどの警備も決して強固ではない。当面はシーア派の宗教関連施設や治安機関関連施設がターゲットになると思われるが、クウェートにある欧米系のホテルやレストランなども十分に狙われる可能性が高く、注意が必要である。

6. フランスで発生した「一匹狼型」テロ

6月26日、フランス南東部リヨン郊外にある米企業のガス工場でも、テロ事件が発生した。ヤシン・サルヒ容疑者が、「この工場から数百メートル離れた駐車場で被害者の運送会社幹部の首を絞めた後、頭部を刃渡り約20センチのナイフで切断し、イスラム過激派などがプロパガンダとして使う文言が書かれた旗と共に頭部を工場の出入り口に掲げた(6月30日『共同通信』)」という薄気味悪い事件であった。

これに関して6月30日、フランス検察当局のモラン検事が記者会見し、「サルヒ容疑者は遺体の頭部と自身を一緒に撮影した写真をISの戦闘員宛にメールで送信し、メールを受け取った戦闘員がシリアでISの指揮官に写真の公表を相談した形跡がある」ことなどから、同容疑者の犯行を「テロ行為」と断定して捜査を開始した。

このテロで注目されるのは、サルヒ容疑者がトラックで化学工場に突っ込んだことである。計画及び実行が杜撰であったため大きな事故にはつながらなかったが、この手口が示す方向はかなり危険である。フランス政府はこの事件を受けて、すぐに国内の発電所や原発などの警備を強化すると発表した。

またこの事件を受けて、フランスではさらに反イスラム感情が高まり、反イスラム的な極右勢力のさらなる躍進にもつながるものと思われる。

7. 引き続きラマダン期間中のテロに注意

6月26日には、上記の3つに加え、ソマリアでも大きなテロが発生した。アルカイダ系テロ組織「アルシャバーブ」が、アフリカ連合の平和維持活動部隊の基地を襲撃して30名を殺害したのである。これはISのテロではないものの、上記の3つのIS関連のテロと同時に発生したことで、「ISの影響力が拡大している」という印象を世界に与えることに間接的に「貢献」したと考えられる。

いずれにしても、ISが世界中の支持者や関連組織に一斉にテロを呼びかけたのに応じる形で、チュニジア、クウェート、フランスで同時多発的にテロが起きた。しかし一方で、ISの呼びかけに応じてテロを計画したり実行に移そうとしたものの、事前に治安当局に発覚するなどして失敗した例も多数あったことが予想される。

テロが発生した場合には大々的にメディアで報じられるが、計画の発覚や事前に治安当局が防いでもほとんど報じられることはないため、失敗例がどれだけあったのかを正確に知ることは困難である。いくらISの呼びかけに応じてテロを行おうとする人たちがいても、治安機関の能力が高ければテロを防ぐことが可能である。世界中の治安機関が、この時期は「ISがテロを計画している」として警戒態勢を強化していたはずなので、それでもテロが発生してしまったチュニジア、クウェート、フランスの状況は極めて深刻だと言える。

逆に、テロが発生しなかった国では、治安機関の能力がテロリストの能力を上回っている状況だと判断することができるだろう。

もっとも、治安機関が優秀でも100%テロを防ぐのは難しいので、現時点でテロが起きていないから大丈夫だ、と安心するのは禁物である。ISは6月24日の声明で、「ラマダン期間中」のテロを呼びかけているので、ラマダンが終わる7月中旬までは少なくとも警戒態勢を続ける必要がある。

(『国際政治アナリスト菅原出のドキュメント・レポート』2015年7月6日号より)

 

菅原 出
OASIS学校長(President)