7日間無料トライアル
login register

イスラエル・ハマス戦争の背景と今後の「危険なシナリオ」

学校長 飛耳長目 Oct 10, 2023
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは!オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

 

イスラエルとパレスチナのハマスの「戦争」が世界に衝撃を与えています。10月7日にパレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスが、数千発のロケット弾をイスラエル領に撃ち込むと同時に、パラグライダーを使ってイスラエルとガザを隔てている防護フェンスを飛び越えてイスラエル側に侵入する等、新機軸を打ち出し、イスラエル側に大きな被害を与えました。

 

ハマスはそれ以外にも、フェンスをブルドーザーで破壊して車両やバイクでイスラエル領内に戦闘員を送り込み、無人機を使ってイスラエルの戦車や監視塔、車両の近くの兵士たちに爆撃を行うなど、かつてない手段と規模の複合攻撃を実施して、圧倒的に戦力差のあるイスラエルに大規模な攻撃を仕掛けたました。

 

ハマスはイスラエル領内から民間人や兵士を連行し、ガザ地区で100人以上を拘束したと発表。一方、不意を突かれたイスラエル軍はすぐに態勢を立て直してガザへ大規模な空爆を行うと同時に南部に軍を送り、ハマスの戦闘員たちの掃討作戦を実施しています。

 

本稿執筆時点でイスラエルのガラント国防相は、ガザの「完全包囲」を命じ「電気や食料、燃料を遮断する」と宣言。一方のハマスはイスラエル軍がガザ市民を無警告で攻撃する度に、拘束しているイスラエル人ら民間人の人質を殺害すると警告、緊張が高まっています。

 

なぜこのタイミングでハマスがイスラエルを攻撃したのか?今回の「飛耳長目」では、その背景について考えてみたいと思います。

  

この記事の目次

なぜハマスが今、行動を起こしたのか?

今回ハマスが仕掛けた攻撃は、入念な準備と計画、事前の訓練や各部隊間のコーディネートがなければ不可能だったことから、少なくとも数カ月前から計画されていたものと考えるべきだと思います。

 

ハマスが現在置かれた国際的な状況を考えてみると、彼らが、現在中東で進行中のサウジアラビアとイスラエルの国交正常化の動きに不満を溜めていたことは想像に難くありません。サウジアラビアは、パレスチナ人の状況を改善することを、イスラエルとの国交正常化の条件の一つにしてはいますが、パレスチナ国家の樹立や本格的な中東和平まで至らないレベルで妥協しようと考えていました。

 

サウジは、パレスチナ問題よりもむしろ、米国がサウジに原発を売ってくれること、米国がサウジに安全保障を提供することを約束することを優先し、「パレスチナ人の状況改善」はいわば「おまけ」のように軽く扱っていました。しかも、ハマスと対立するパレスチナ自治政府は、そんな扱いをされているにもかかわらず、米国主導のサウジ・イスラエル国交正常化に協力しようと、米国やサウジ政府関係者と協議を進めていたのです。

 

10月8日、ハマスの指導者イスマイル・ハニーヤは、テレビ演説で、同胞のアラブ諸国に対し、最近の外交的和解にもかかわらず、イスラエルはいかなる安全保障も提供できないのだ、と強調していました。

 

「私たちは、アラブの同胞を含むすべての国々に、抵抗勢力を前にして自らを守ることのできないこの組織(イスラエルのこと)は、あなた方にいかなる保護も与えることなどできない」「あなたがあの組織(イスラエルのこと)と結んだすべての国交正常化協定は、(パレスチナの)紛争を解決することはできない」と述べています。

 

ハニーヤが強調したのは、イスラエルと組んでイスラエルに安全を提供してもらおう、などと考えない方がいい。イスラエルは自身の安全すら守ることができないのだという点と、「パレスチナ人が方程式から除外されている限り、地域全体の安全保障はない」という点でした。

 

これはイスラエルとの関係改善を進めてきたアラブ諸国に対する痛烈な批判のメッセージだと言えるでしょう。「地域の安定や平和を望むなら、その出発点はイスラエルによる占領の終焉ではないのか?」「我々パレスチナ人の存在を忘れたのか?」とハマスは言いたいのです。そして言葉だけではなく、行動でそのことを主張しているのです。

 

「テロ」とは「破壊などの暴力行為を通じた政治的主張」ですから、今回のハマスの行為は究極の「テロ」と言えるでしょう。

 

ハマスはまた、イスラエルを攻撃することでイスラエルを泥沼の戦闘に引きずり込み、必死に抵抗するパレスチナ人の姿をアラブの民衆たちに見せることで、彼らの反イスラエル感情を高め、イスラエルとの関係正常化をやりにくくすることを狙っている可能性もあります。

 

いずれにしても、ここまでしなければ、パレスチナの存在は忘れ去られ、自分たちの存在は無視されたまま、アラブの金持ちたちはイスラエルと手を結びかねないという危機感が、彼らを今回の行動に駆り立てた可能性があると思います。まさに無視(ネグレクト)された勢力による逆襲、という言い方もできるでしょう。

 

イスラエルは今回、明らかに不意を突かれています。ハマスにこんなことはできない、と彼らの能力や意志を過小評価していたからかもしれません。実際エジプトの情報機関は何度も「something big」が計画されていると、イスラエル側に警告していたようですが、イスラエルはその警告を無視していたようです。相手を侮るとこういう失敗をするという典型かもしれません。

 

イランの関与は?

今回のハマスの作戦に、イランがどこまで関与していたのかはまだ分かっていません。

 

ただ、10月8日付の米ウォールストリート・ジャーナル紙は、「ハマスがイスラエルに対して行った大規模攻撃では、イランの治安当局者が立案に関わっていた」とのスクープ記事を発表しています。

 

それによると、「イラン革命防衛隊の特殊部隊コッズ部隊のカーニー司令官は、今年の8月以来、少なくとも隔週でレバノンにおいてヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ、イスラム聖戦の指導者アル・ナカラ、そしてハマスの軍事責任者サレハ・アル・アロウリと会合を重ね、10月2日に開かれた会合でイラン当局者が攻撃を承認した」とのことです。

 

しかし、ブリンケン米国務長官は8日、「イランとハマスには長い関係がある。イランからの長年にわたる支援がなければ、ハマスはもうなくなっていただろう。現時点では、イランがこのテロに直接関与していたことを示すものは何もない。しかし、イランがハマスと長い関係にあり、長い間支援してきたことは知っている」とだけ述べて、攻撃への直接的な関与の証拠はないとしています。

 

イランの国連代表部もまた、ハマスの攻撃に関する意思決定にイラン革命防衛隊コッズ部隊が関与しているとの見方を強く否定しました。

 

現時点でイランの関与についての証拠はありませんが、国際政治の力学的に見れば、イランもハマスと同じようにサウジとイスラエルの国交正常化には反対の立場ですので、もしイランがハマスの攻撃を事前に知っていたとしても止めなかった可能性はあるでしょう。

 

もし、ウォールストリート・ジャーナルの記事にある通り、イラン、ヒズボラ、イスラム聖戦、ハマスが戦略調整をしながら計画を練り、そのうえでハマスが今回の攻撃に及んだのだとすれば、彼らは第2弾、3弾の攻撃を考えている可能性があります。例えばイスラエルがガザに地上部隊を侵攻させるのと合わせて、ヒズボラがイスラエルに攻撃を開始するなど、何らかの連携が計画されている可能性は排除できません。念のため、警戒しておいた方がいいと思います。

 

 

今後どうなるのか?

では今後どのような展開が考えられるのでしょうか?

 

イスラエルは10月8日に、パレスチナの過激派組織ハマスに対して正式に宣戦布告をしました。イスラエル政府がハマスに対して宣戦布告したのは初めてのことです。それだけ今回の攻撃はイスラエルに衝撃を与えただけでなく、イスラエルの報復行動もこれまでとは次元の異なるものになる可能性があることを示唆しています。

 

今後の軍事作戦に関してネタニヤフ首相に大きな権限が認められることになり、同首相は軍事目標を達成するまで戦争を続けることになるでしょう。今後イスラエル軍は、イスラエル南部におけるハマス戦闘員の掃討作戦の後、ガザ地区に地上部隊を侵攻させ、拘束されているイスラエル市民の救出作戦を実行するのみならず、ハマスの軍事能力を破壊するまで作戦を続ける可能性があります。

 

ガザ地区は、あの狭いエリアに200万人も居住者がいて、「青空刑務所」などと言われているような人口過密地域です。そこで市街地戦闘が展開されれば、どれだけの被害が出るか想像できません。

 

2014年にイスラエル軍が大規模なガザへの侵攻を行ったときは、ハマスがイスラエル攻撃のために使用したトンネルや他の施設を破壊するという限定的なミッションでしたが、それでもパレスチナ側の死者は2000名以上にのぼり、停戦までに軍事作戦は2カ月間続けられました。

 

今回はおそらくそれよりも大規模な任務になり、しかも拘束された100名規模の人質の救出も含まれるとすれば、作戦に要する時間も、パレスチナ側の被害規模も2014年時の比較にならない可能性があると言えるでしょう。

 

イスラエル軍による攻撃が大規模になれば、当然、パレスチナ人の一般市民の被害も増大することになり、ガザ地区だけでなく、ウエストバンクなど他の地域での武装抵抗も激しさを増し、各地でテロが横行する可能性もあります。

 

それでも、戦争がイスラエル国内だけで収まっていればまだましです。

 

8日、イランが支援するレバノンの武装組織ヒズボラが、隣国イスラエル北部への攻撃を実行したとの声明を発表しました。ヒズボラによると、イスラエル北部の3カ所に誘導ロケット弾などを撃ち込んだとのこと。「パレスチナへの連帯を示すため」としていて本格的な参戦ではないようです。

 

もしヒズボラが参戦してきたらかなり厄介です。

 

もし、イランの下でヒズボラやハマスが事前に行動を調整しているのだとすれば、イスラエルの戦力を南北に分散させるために、連携した攻撃を仕掛けてくる可能性は排除できません。

 

ヒズボラの部隊は、シリアでイラン革命防衛隊がコントロールする民兵部隊とも連携しています。シリアには様々な武装勢力が跋扈しており、親イラン派の武装組織が活動しているため、もしヒズボラが本格的に参戦することになれば、レバノン、シリアを巻き込む地域紛争にエスカレートする可能性があります。

 

この場合、ヒズボラの保有するミサイルなどの火力はハマスの比較にならないほど強力で、彼らは長射程のロケットや無人機等も保有していますから、テルアビブも攻撃される可能性が出てきます。

 

このように近隣の親イラン派武装勢力がイスラエルを攻撃してきた場合、紛争のレベルは一気に上がってしまいます。このため米国はイランを牽制する目的で、最新鋭原子力空母ジェラルド・フォードを中核とする空母打撃群を東地中海に派遣しただけでなく、中東地域の米軍戦闘機の部隊も増強させる方針を発表したのでしょう。

 

これは、米軍がイスラエルを助けて参戦するという訳ではなく、万が一ヒズボラやシリアにいる親イラン系武装勢力、さらにイランが参戦するようなことになれば、米国が介入するぞという姿勢を見せることで、紛争が地域に拡大しないように抑止する狙いがあると考えられます。

 

また、シリアには米軍部隊が900名ほど駐留しているため、もしヒズボラや親イラン系武装勢力とイスラエルが戦争状態になれば、彼らがシリアの米軍を攻撃してくる可能性もあります。

 

いずれにしても、ヒズボラが参戦してきた場合、イスラエルはレバノン、シリアに展開する親イラン系武装勢力全体と戦うことになり、イスラエル全土が攻撃を受ける危険が高まります。その場合、米軍もシリアの武装勢力に対する攻撃を展開することで間接的にイランと交戦状態に入ることが考えられます。

 

この状況がさらにエスカレートしてしまった場合には、最悪、イスラエルとイランの全面的な戦争になる可能性もあります。もちろん、これはもちろん両国とも望んでおらず、可能性は高いとは言えませんが、万が一こうなった場合、米国はイスラエル防衛のために全面的にイランと戦うことになるため、湾岸アラブ諸国の米軍基地もイランのミサイル攻撃の標的になる可能性が高まります。

 

最悪の場合はここまで事態が悪化してしまうかもしれず、そうならないためにも、米政府は今の時点から米軍部隊を増強してイランの行動を抑止しようとしているのです。

 

イスラエルとハマスが次元の異なる戦争をはじめたことは、今後この戦いがイスラエル国内でとどまらず、地域紛争や米国を巻き込んだ戦争へとエスカレートする可能性がある…、そうした危険なシナリオが考えられるのです。

 

「世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。

 

10月9日には畔蒜泰助先生の「プーチン・ロシアの国家戦略」シリーズ③「歴史問題への傾倒から軍事侵攻に至るまで」が公開されています。是非ご視聴ください。

 

また、11月11日(土)には第2回OASISシンポジウム「エネルギー・経済安全保障と日本の未来」も開催予定ですので、今から予定に入れておいていただければ幸いです。

 

是非一緒に学んでいきましょう!

 

菅原 出

OASIS学校長(President